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「この旅がなければ北極で死んでいたかも」 探検家・角幡唯介の『極夜行前』

「この旅がなければ北極で死んでいたかも」 探検家・角幡唯介の『極夜行前』

『極夜行』に至るまでの物語

note

3年間の準備で得た知識と経験

――もしその知識や経験がなく「極夜行」に臨んでいたら?

角幡 死ぬかどうかは別としてすごく危険ではありましたよね。でも最初はそれをしようとしましたからね。

――ぶっつけ本番ということですか?

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角幡 ぶっつけ本番というか、準備のつもりでもっと長い期間旅しようと思っていたんです。子供が生まれたからやらなかったですけど。最初は前の年にカナダでの経験があってちょっと自信があったので、グリーンランドを同じ時期に歩いてみようと思っていました。でもそれをやっていたら、カナダと違って地形が複雑で険しい場所も多いから、何かトラブルが起きていた可能性がありますよね。たとえば12月から1月にかけては、潮位が高くなって海岸線の定着氷に海氷が押し寄せてきて4~5メートルの壁ができるんです。それが割れて何百トンとある氷がごろごろ落ちてくる場所がところどころにあります。今はその危険な場所を知っている。最初は潮の知識なんてないから、そこを通りかかって氷がごろっと落ちてきて死んでるかもしれないし。全然想像もしていないリスクがあったはずです。

©角幡唯介

極地旅行者として成熟すること

――3年間の準備で得た知識と経験によって、本番の旅は乗り越えられたこともありましたが、それでも想定外のことはあった。ブリザードもあそこまでのものは……。

角幡 ブリザードも予測はしていましたが、あそこまでの風は経験したことがなかった。でも何より土地を知れたことが大きかったんです。あとは狩りをすることについても、うさぎを狩ることで、動物を殺すことにためらいがなくなっていった。それは残酷になっていったとか鈍感になっていったということではなくて、たとえば危険な動物が現れたときに、パニックにならずにすぐにライフルを持ってパンと打てるかどうか。それは安全に直結するわけですよ。そういう経験がないとオタオタしてしまう。ライフルを持ったから安全かというとそうではない。使えないと意味がない。極地旅行者としてだんだん成熟していったのかなと思います。

――読者はこれを読んで驚くと思います。『極夜行』を読んだだけでは分からない、本編より長いプロセスがあった。

角幡 3年ですからね。併せて読んでほしいです。

©角幡唯介;