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連載テレビ健康診断

黒木華のワンサイドゲームでした。――亀和田武「テレビ健康診断」

『疑惑』(テレビ朝日系)

2019/02/23

 テレ朝は開局六十周年を記念し、松本清張が原作の『疑惑』をドラマ化した。

 清張ドラマといえば米倉涼子。『黒革の手帖』のヒット以来、そのイメージは定着した。米倉が今回演じるのは、ブラック企業などの訴訟を多く手がけ、手段を選ばぬ法廷戦術で勝訴して多額の報酬を得ることから、“最低の弁護士”の異名をとる佐原卓子だ。

“最低の弁護士”を演じる米倉涼子 ©文藝春秋

 米倉が弁護を引き受けたのは、歳の離れた資産家の夫(中村梅雀)に十三億円の生命保険をかけて殺したという疑惑をもたれ、“鬼クマ”と呼ばれる白河球磨子(黒木華[はる])である。

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 最低の弁護士と鬼クマ。テレ朝は“悪女対決”と番宣を打って煽った。しかし勝負はゴングが鳴ると同時に形勢が決し、そのまま一方的なワンサイドゲームとなり、ラストを迎えた。

 凶暴かつ妖しい魔性で、男女を問わずトリコにする黒木華の圧勝である。魔性の女なんて形容は上品すぎる。あばずれ、ビッチでも追いつかない。まさに現代版の鬼クマだ。そんな難役を、黒木華は軽々と楽しそうに演じてみせた。

 事件の直後には、家で夫に罵声を浴びせながら殴り蹴るDV動画がネット上に拡散した。「オレ、殺されちゃうかもしれない」。そう怯えながらも、彼女なしでは生きてゆけないと訴える夫。生命保険の額は、正確に記せば全十一社で十三億五千万円だ。

 あいつ、人殺しなんだって。周囲からそう噂されたり、マスコミに散々叩かれたりした人間に、これまで三人ほど会った。

 三人ともクマ子と同じように、男女を問わず好感を抱く人間は多かった。私のように(ああ、やりかねないな、あいつなら)と思うタイプは少数派だ。事件の詳細が明らかになると「警察が白といっても、俺は絶対黒だと思う」なんてコロリ転向する奴もいた。

 天草で生まれて、幼いとき母に捨てられたクマ子。そのせいで感情の起伏が激しくて、誰彼かまわず怒鳴ったり怒ったり、そしてときに泣いて、甘える。

清楚系も汚れ役も見事に演じる黒木華 ©文藝春秋

 熱海のレストラン社長で、妻に先立たれた福太郎(梅雀)に、クマ子が会ったのは三十歳、キャバ嬢のときだった。「シャンパンタワーやら、いらん」。その博多弁に純情な五十男が落とされた。多額のチップを渡すと「うちはキャバ嬢やけん、お店に来てくれれば、ずーっと友達」と甘く囁く。

 参るよね。前科四犯。暴行、傷害で服役したと知っても、こげな博多弁ば聞いたらイチコロたい。直情をぶつけ「先生はあたしのこと好き?」と迫られ、最低弁護士から人権派に転向する米倉は損な役回りだ。

 恐るべし黒木華。思えば『獣になれない私たち』でも、ダメ女の黒木が動き回ると、ドラマに加速感が生まれた。清楚系でも汚れ役でもOK。無敵の女王だ。

INFORMATION

『疑惑』
テレビ朝日系 2月3日放送
https://www.tv-asahi.co.jp/giwaku_yonekura/#/?category=drama

黒木華のワンサイドゲームでした。――亀和田武「テレビ健康診断」

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