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「牧野さん、マガジンラックにあったガイド、雑誌、書籍全部なくなりました」

 実はリニューアルを計画している時にも多少の紛失は予想していたのだが、いちいち雑誌や書籍にまでホテル名をつけるのは、図書館みたいで野暮だからということで目をつぶっていたのだが、まさか1週間で全滅とは。

これはもう確信犯だ

 さらに翌週には花瓶に挿してあった若竹が全部なくなるという事態に発展した。いったいどうやって持ち出すのだろうか。お客様みんなに喜んでもらおうとホテルスタッフがお寺に行って譲り受けてきた若竹だというのに。これはもう確信犯だ。

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 数週間後、さらに私を驚愕させる報告があった。

「牧野さん、花瓶が割れてます」

 あまりの持ち帰りの多さに困惑した私たちは、今度は花瓶があぶない、ということで実は花瓶の底を接着剤で棚に固定しておいたのだ。その花瓶が割れている。

 おそらく、お客様は(この際どろぼう様といったほうがよいのかもしれないが)花瓶を持ち帰ろうとした。けれども花瓶は固定されていて動かない。そこで思い切り棚から引き剥がそうとしたのだろう。花瓶は粉々に割れてしまったのである。

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「ホテルの洗面所はお湯も出るし、水道代もタダやねん」

“お客様”の盗人ぶりは客室内のみならず、ホテル内のどこでも如何なく発揮される。

 宴会場フロアのトイレではよく、ブース内のトイレットペーパーが根こそぎ持ち去られることがある。監視カメラを備え付ける案も検討されたが、特に女性用トイレでは別の意味で設置が難しいとの結論になった。また、ある関西のホテルでは毎朝宴会場のトイレにやってきて洗濯をする近所のおばちゃんがいた。自宅でやらずにホテルで洗濯。「ホテルの洗面所はお湯も出るし、水道代もタダやねん」。何度注意してもやめない。丁寧に説明しておひきとりいただこうとしたら、

「あんたらしつこいね。警察呼ぶぞ」

 と逆ギレされる始末。

 なぜ、宴会場フロアがよく狙われるかといえば、宴会場は大抵の場合昼から夜にかけて使われ、逆に朝は閑散としているために、忍び込みやすいというわけだ。

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 忍び込みやすいのはホテル厨房も同様だ。厨房には朝から夜まで多くの仕入れなどの業者が出入りする。調理場のスタッフは目の前の調理に夢中になっているので、人が入ってもあまり注意を向けない。顔を合わせても「ちわーっす」とでも挨拶すればだれも疑わない。ついでに調味料をとられても気が付かないし。プレートに並べた美味しそうなカナッペを口に入れたとしても気が付かれることは稀なのだ。ホテルスタッフは館内のどこでも、知らない人はお客様だと思っているので基本疑うことを知らない。

 お客様はホテルにとって神様だ。しかし、同時にどろぼう様にもなりうるのだ。今日もホテルから満足顔でチェックアウトするお客様、宴会場や厨房から笑顔で出てくるお客様の中にどろぼう様が潜んでいるかもしれない。