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連載むらむら読書

ニキビに悩んで、野暮ったいと思い込んでいた思春期の“自分”にむらむら――犬山紙子「むらむら読書」

2019/03/09

 女友達や女性編集さんと「思春期に影響を受けた作家さんは誰?」って話をすると山田詠美先生の名前がよくあがります。「『風葬の教室』を読んでエロは悪いことではなく、自分のものだと思った」とは友人の言葉。私も恋愛は女の子が主体的に楽しんで良いものだと先生の作品を通して知りましたから。

 その他にも、好き合って告白されて付き合う以外の男女の関係も知ったし、女がみな結婚したがってるわけでもないことも知った。グレーゾーンを超えたブラックな関係があることも。うっとりと何度も読んでしまう作品から主人公を受け入れられない作品(でもそういう作品こそ何度も読み返すのですが)まで、私に様々な感情を与えてくれたのです。

 1981年生まれの私の世代だと、まだまだ小説や漫画は女の子が男の子に選ばれる作品が多かったので、生き生きと「自分」として人間の間を泳ぐ、登場人物の女の子たちは大人っぽくてかっこよくて本当に憧れたものです。まだ内面が追いついていないのに登場人物の口調や仕草を真似したり、アンクレットをこっそりつけてみたり。自分がちょっと特別になったような気分にさせてくれたんです。

 今読むとどんな気持ちになるんだろう。ずっと心に残っていた短編集『色彩の息子』を読み返すと、ぶわっと当時に戻る感覚がする。中でも「雲の出産」の力が凄かった。

 不良でおしゃれでいわゆるイケてるグループの女の子たちが野暮ったい「とし子」を自分たちのグループに入れてじわじわといたぶる話です。とし子は彼女らの優越感をくすぐるためだけに利用されています。そう、私はこのとし子に自分を重ねていたのでした。思春期ニキビに悩み、美意識だけは高くて、でも肝心の自分が野暮ったく全くそこの住人にはなれない私はとし子です。いじめられてはいなかったけれど被害妄想だけは凄かったですし。

 でも、おかしなことにとし子が美しい男に本気になられるラストを当時は受け入れられなかったんです、だから何度も読んだのでしょう。分身が人に受け入れられたんだから喜ぶところかと思いきや。今ならわかる、自分と同じって安心させてくれていたとし子が自分からどんどん離れることの恐怖でした。バカにされる彼女を見ては永遠に「一緒だねー」って安心してたかった。でも、実は全然違っていて、とし子は勇気もあるし、自分を蔑みすぎていなかった。

©犬山紙子

 そんな感じで、あの頃の成仏していない感情を成仏させていくことが今楽しい。どんどんあの頃読んだ本を読み返そう、そして過去の自分を抱きしめようと思ったのです。