妻の自宅マンションに警察官が「巡回連絡で参りました」
――出国の前に、常岡さんへ何らかの接触はなかったんでしょうか。
常岡 実は2月1日、私の自宅の所轄署である中野署から「出張の予定とか決まってますか」と電話がかかってきまして。スーダンへ行くことは決まっていたのですが、スーダンからイエメンに行くチケットはまだ取れていませんでした。2月2日当日の午前11時頃には、地方で記者をしている妻の自宅マンションに制服の警察官がいきなり訪ねてきたそうです。
――突然ですか。
常岡 「巡回連絡で参りました」と言って、巡回連絡カードを記入中に「旦那さんは?」とだしぬけに聞いてきたので、「行動確認だね」と二人で言っていました。私がいつどこから出発するのか、情報がほしかったのかなという風に思います。
――ご家族はどういう反応ですか。
常岡 妻は心配よりむしろ、私が海外で取材をすることができない不条理さに怒っていますね。そしてフリーのジャーナリストと結婚したつもりでいたのに、無職になってしまったと(笑)。普通の夫婦はハワイくらい行けるものだけれども、「新婚旅行にも行けない」「犬か猫のほうがマシ」とも……。
妻は記者になる前、学生でバックパッカーをやっていた人で、ある程度理解してくれているのではないでしょうか。実は、私は3年くらい前からイエメン取材を計画していて「国境なき医師団」が密着取材を受け容れるという話でビザを申請したのですが、当時はイエメン大使館からビザを取得することができず、失敗しています。諦めかけていたところ、妻からのアドバイスでイエメンの地方政府に非常に強い人物に働きかけましたら、今回はビザと取材の手配をすることができたのですが。
――昨年10月、内戦下のシリアで拘束され約3年4カ月ぶりに解放されたジャーナリストの安田純平さんのことで、紛争地への渡航に対する外務省の姿勢は、一層かたくなになったという印象でしょうか。
常岡 エスカレートしているのかな、という印象はあります。安田純平さんのことよりは、昨年の杉本祐一さんの裁判で政府側が全面勝訴したために、返納命令を出すことに躊躇がなくなってきているようにも見えますね。
「世界最大の人道危機」と言われているイエメン
――常岡さんは、これまで色々な紛争地で取材を行っていますが、今回行こうとしていたイエメンの情勢、危険度はご自身が日本からリサーチした限りで、どの程度であると見積もっていましたか。
常岡 例えば現在のシリア北部などは、国連の諸機関や「国境なき医師団」も撤退せざるを得なくなっている。危険すぎて活動ができないような状態です。日本の外務省では、シリアもイエメンも最も厳しい「退避勧告」に指定していますが、そのレベルは全く異なると私は考えています。イエメンの場合は国際NGOが活動していますし、WFP(世界食糧計画)では日本人も活動しています。そして私が取材しようとしていた「国境なき医師団」も活動できている。現に、私と同じルートで取材する予定だった台湾クルーは、何の問題もなく現地で取材して帰国しています。
私が取材をしたいと考えた理由は、イエメンは今、深刻な飢餓状態に陥っている人々が大勢いるために、「世界最大の人道危機」と言われているんですね。そしてその飢餓を何とかしようとWFPが活動しているのですが、資金が全く足りていないそうです。そしてWFPは国連の分担金ではなく、独自資金で運営しているということで、イエメンに対する国際社会からの関心が低いために支援が集まらない。まずはこの事実を知ってもらうため、報道が必要であると私は考えますが、日本ではイエメンのことがトップニュースどころか、夕方や夜のニュースで大きく取り上げられることが、ほとんどないでしょう。
――常岡さんが生業としている取材活動は、現地に行かない限りはできません。
常岡 はい。今回は、国連や「国境なき医師団」にもアポイントを入れていて、現地に大変ご迷惑をおかけしてしまっているんですよね。「3月には伺います」ということも伝えたのですが、今ではそれも実現できなくなってしまいました。そして重要なのは、日本でイエメンについてほとんど報道されない現状があるということです。日本のメディアが現地に入って取材する機会が全くないという状況で、もし私が取材をできていれば、テレビ番組で放送される予定もあったのです。現地を自分の目で見て、それを日本に届けるというのは、私にとってごく当たり前のことだと考えています。