返納命令を拒否したあと、外務省からの連絡は
――外務省がどういう意図で今回の旅券返納命令を出したと考えますか?
常岡 やはり日本政府としては、紛争地域に行って、例えば人質になったりあるいはテロや戦火に巻き込まれて負傷したり、最悪のケースとして死亡した場合、政府に対する批判が高まったり予期せぬ仕事が増えるのを避けようとしているということなのではないかと思います。「世間から批判されること」を最も恐れているのではないでしょうか。
――常岡さんは返納命令を拒否していますが、外務省から連絡はありましたか。
常岡 全くありません。私のパスポートが使えるようになるのかどうかも含めて、今後どうなるかは全く分かりません。
弁護士からのアドバイスで、2月5日にパスポートの発給申請をしてみたところ、「外務省が判断することになりましたので、数カ月かかります」と言われました。「可能性は3通りあります。第1の可能性、普通のパスポートが発給される。第2の可能性、限定パスポートが発給される。これは渡航国が限定され、目的も限定されます。第3の可能性はパスポートが発給されません」というお話でした。第2の可能性のために、渡航目的と渡航を希望する国を書いてくださいという風に言われたので「目的、観光および業務」「目的地、スーダンおよびイエメン」という同じ内容を書きました。
――限定パスポートが発給された事例は、過去にあるのでしょうか。
常岡 民間人に対しても発給されています。期限が1年以内のパスポートで、目的地が1カ国ならば1カ国限定のパスポートです。
――常岡さんは、2016年10月、イラクで取材中にクルド自治区の情報機関アサイシからIS(イスラム国)のメンバーではないかと疑われて拘束されたり、アフガニスタンやロシアでも拘束されたりした経験がありますね。「こういう人を行かせないほうがいい」というネット上の声もありますが。
常岡 特にイラクでの拘束は、その2年前に取材したラッカのISメンバーから渡されたキーホルダーを所持していたことがきっかけとなり、私自身の不注意が原因でした。ただ私はもちろんISのメンバーではありませんし、過去にテロ組織や反政府組織に拘束、誘拐されたことは一度もないのです。必ず身の安全を確保してから、渡航しています。
――安田純平さんの解放、帰国以降に高まりを見せた「自己責任論」についてはどう思いますか?
常岡 自己責任論ということでいうと、私は、バックパッカーが危ないところへ自分の意志で向かうことには全く問題がないと考えています。発展する国には、必ず冒険家がいるんです。中東を取材しているとはっきり分かりますが、本当に冒険家がいない。宇宙へ行こうとしないし、海にも潜らない、山にも登らないんですよね。
冒険して何か失敗した時に、誰に迷惑がかかるのか。実際に身代金は支払われているのか。少なくとも、日本政府が支払ったケースにキルギス日本人誘拐事件がありますが、これはJICAの職員でしたから、派遣した外務省に責任がありますので支払うべきだと思います。それ以外のケースで支払わないということも正しいと思います。
――では、どういうケースであれば、旅券返納命令を出すべきだと?
常岡 私は、すでに行われている犯罪を防ぐ、あるいは本当の意味で「公共の福祉」を守るためであれば、渡航制限をかけることは理にかなっていると思うんです。ISへ戦いに行こうとした北海道大学の学生などのケースですね。しかし、この学生に返納命令は出されていません。
――今回は、国内よりもむしろ、海外からの反響が大きいそうですね。
常岡 アメリカの民間団体「ジャーナリスト保護委員会」が、そして数日遅れでフランスの国際NGO「国境なき記者団」が強い言葉で、日本政府に紛争地も含めて移動の自由を認めるよう求める声明を出しています。
――今後の展開は、どう考えていますか。
常岡 弁護士と相談して、提訴を検討しています。先ほどお話しした杉本さんのケースが判例として使われるだろうと考え、裁判は無意味かとも思っていたのですが、弁護士によれば「使われている法律の条文が異なるので、これは裁判をやる意義がある」と。日本人の渡航の自由や、憲法にかかわる問題なので戦うことが必要なのではないかと考えています。
写真=末永裕樹/文藝春秋