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カーリング界の新ヒロイン・北澤育恵は「練習嫌いの天才」

チーム中部電力、いよいよ世界選手権での戦いが始まる

2019/03/16

「フリーシート」の氷上で過ごした青春時代

 開館以来、アイスメーカーとして同館のカーリングを支える藤巻正さんは目を細めて当時を振り返る。

「スカップもアイスパークも、平日は『フリーシート』として1シートを常に解放していたんですよ。確かスカップは100円、アイスパークは200円だったかな。今はもうやめちゃったけど当時は、それだけ払えばずっと遊んでいられた。何人も来ればシェアして使うことになるんですけど、平日の午後や夕方にカーリングしようなんていう人はほとんどいなかった。

 育恵と星奈は当時のチームメイトと放課後にほとんど毎日、通ってきて子犬がじゃれ合うように、いつまでも遊んでましたよ」

2018夏のどうぎんクラシック。中嶋(左)と北澤(右)はジュニア時代から同じチームで活動した。チーム名は「ファイアーボンバー」。

 ミニゲームに興じることもあれば、その前の週で決まらないショットをおさらいすることもあったという。棋士が棋譜を並べるかのごとく、動画サイトなどで見つけた海外の名選手の好ショットと同じ石の配置を作りチャレンジもした。

 彼女らは中高時代のほとんどをアイスの上で過ごした。しかし、それは本人たちにとって決してつらい練習などではなく、あくまで遊びやゲームの延長だ。中嶋の冒頭のセリフを超意訳するなら「厳しいトレーニングは好きじゃないけど、楽しい氷上のゲームはずっとやってきた」といったところだろう。

世界選手権開幕、日本カーリングの現在地は

 中部電力の創部、2009年から10年が経った。

 創部から数年はスキップの藤澤と、美人カーラーで話題を集めた市川美余がチームを支え、2014年のソチ五輪出場こそ逃したが日本選手権4連覇という快挙を達成する。

 市川が結婚、出産と共にチームを離れ、藤澤がロコ・ソラーレに移籍した後は清水や松村を中心に活動した。日本選手権の優勝はおろか、出場さえできないシーズンもあったが、そのぶん北澤や中嶋、石郷岡が経験を積む期間となった。その成果か、石郷岡―北澤―清水―松村という布陣で、2017年の日本選手権では女王の座に返り咲く。またも五輪出場は叶わなかったが、伸び代と個々の能力の高さは十分に示すことができた。

2011年秋に中国・南京で開催されたパシフィック選手権。中部電力にとって初めての国際舞台だったが結果は最下位。

 そして2年ぶり6度目の日本選手権を制した今季、現在の布陣で世界選手権、そして来年以降の北京五輪へのレースに挑む。アイス上では最年長となった松村に、「スキップとフォースを後輩に任せるのに不安はないのか」と聞いたことがあるが、「ないっす」と笑顔で即答したのち、素直な気持ちを語ってくれた。

「私、たぶん、最後に投げるの向いてないんです。向いている人が投げた方がいいし、サードはショットもスイープも楽しい。このメンバーに辿り着くまでに時間がかかったかもしれませんが、これでいいと思っています」