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 プロスポーツの世界は厳しい世界だ。与えられた猶予の中で結果が残せなければ、自由契約という名のクビになることもある。それ自体は仕方のないことだろう。

 だが、当時の彼の境遇を思うと、例えばその時に「職業・陸上選手」という発想が出てこなかったことがとても残念に思える。

 彼がプロ野球を自由契約になったのは20歳の時。世間的には大学生と変わらない年代であったし、「もし野球がダメなら、もう一度陸上競技の世界に戻れたら……」と、新聞を読みながら思った記憶がある。

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日本特有の「実業団」システム

 そんな昔話を振り返りながら考えたのは、これまで陸上選手が子どもたちの将来の夢に入ってこなかった大きな理由の1つは、陸上競技という種目自体が、多くの人にとって「職業」として認識されていなかったことではないか。

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 学生時代に日本一に輝いた選手にすら「食べていくのは現実的ではない」と思わせてしまう状況があったわけだ。そのハードルが少しでも下がり、「陸上競技でなんとか食えるかな」と思えていれば、仮に他競技で道を絶たれた後でも選択肢のひとつとして考えることができたはずだ。

 世界的にも珍しいが、現在の日本陸上界で競技を仕事としている選手のほとんどは、実業団に所属する組織の一員という形式をとっている。彼らは企業の「(契約)社員」で、一般業務を免除される代わりに、競技練習や大会参加で社のイメージアップやアピールに貢献する。普通の会社員と同様に月々の給料が支払われ、社によっては現役選手を引退した後も組織に残り、社業に専念することもできる。安定を考えれば非常に合理的なキャリアともいえる。

駅伝以外でも「陸上競技の選手」という職業が浸透した

 ただ、この形式での競技が可能なのは、ほとんどが長距離選手。年始の箱根駅伝をはじめ、駅伝という陸上競技の中では特異な「チームスポーツ」人気が異常に高い、日本特有のシステムでもあるのだ。しかも、チームの存続は当然ながら会社の経営に大きく左右される。年始には、陸上界の名門であった日清食品グループの陸上部が大幅縮小されるというニュースも話題になった。

 だからこそ、近年の選手たちの頑張りによって、駅伝以外の種目でも「陸上競技の選手」という職業が浸透したことは非常に大きな進歩だと思う。