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テレ朝の面接で「うちの局で好きな番組は?」「ないです」

 ところが大学に入ったあとで、テレビ局に入るために特段の努力をしたかというと……早い話が大学生活のほうが楽しくなっちゃったんです。もちろんテレビは見続けてましたけど、いわゆるマスコミ研究会に入るとか、テレビ局でバイトをするとか、そういうのは面倒くさくて。4年生になってフジテレビの就職セミナーみたいなのもあったんですけど、「お前、あれ申し込んだの?」って友達から言われるまで、その存在も知らなくて申込みが間に合わないってくらいダメな就職活動だった。ようやく慌てながら、テレビ局は全部受けるんですけど、日テレもTBSもテレ朝も全部一次面接で落ちるんですよ。4日間くらいの間にスゴいテンポで立て続けに落ちた。その時は「こんなにやりたかった仕事なのに……」って、それまでの人生で一番落ち込みましたね。ちょっとだけ死のうと思った(笑)。

 もちろん第一志望はフジテレビでした。ただ他の局の面接でも「僕はフジテレビに入りたくて」って言ってたんです。テレ朝で「うちの局で好きな番組は?」「ないです」って(笑)。当時は今ほどバラエティも多くなかったし、嘘をつかないで正直にしゃべっているほうが自分が出るだろうし、それを見て「いいね」と思ってくれる大人じゃないと人生のお見合いとしてはダメなんじゃないかって。今考えたら「久米宏さんのニュースステーションです!」とか言ってた方がいい学生ですよね。そりゃ一次で落ちる(笑)。

新宿河田町にあった当時のフジテレビ本社。片岡はこの社屋で8年過ごし、お台場への移転と同時に『めちゃイケ』がスタートした

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 でもテレビ東京には内定をもらったんです。当時テレ東は制作部門を委託していたから役員の方に「うちに来るのはいいけど、ディレクターにはなれないよ」と言われて。僕は勉強不足でそういう会社の仕組みもよくわかっていなかったから「いや、僕はディレクターになります」って言い張って(笑)。まだフジの試験が続いていた時期に内定式があったので、それにも出たんです。その頃、内定を断ると学生はお茶をぶっかけられるって聞いていたから、フジに受かった後、恐る恐るお断りの挨拶に行ったら、人事部長の方が「キミはフジテレビに入ったほうがいいと思う」って言ってくれたのが忘れられないですね……うん、ものすごく感謝しています。