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連載『めちゃイケ』、その青春の光と影

「いつになったら紳助さん連れて来るんだよ!」

 例えば「タケちゃんマン」のスタジオに紳助さんを連れてこいって言われるんだけど、「ベストテン」の出番がまだ終ってない。「連れてこいって言われてるんですけど……」と言っても「見りゃわかるだろ! やってるよ、まだ」と怒られて。戻ったら戻ったで「いつになったら紳助さん連れて来るんだよ!」と怒鳴られる(笑)。でも、そういう鉄火場感が僕は嫌いじゃなかった。むしろ興奮しながら参加していた気がしますね。

『オレたちひょうきん族』より、タケちゃんマン(ビートたけし)とナンデスカマン(明石家さんま) ©フジテレビ

『やるならやらねば』にしてもそうだし、僕はかかわってないですけど、『みなさんのおかげでした』や『ごっつええ感じ』でも、そういうタレントバラエティの現場というのはみな、『ひょうきん族』のような鉄火場感が色濃くあったと思います。だから、そこの水で育った小松純也(※3)のような作り手はたとえ一緒の番組で仕事をしてなくても、“似たような言語をしゃべる近い村で生まれた者同士”みたいな感じがあって、分かり合える関係ですね。

演出家としての「2人の師匠」

<片岡飛鳥には、演出家としての師匠と呼べる存在が2人いるという。それが三宅恵介と星野淳一郎(※4)だ。>

 三宅さんは、手取り足取り教えてくれるタイプではなかったですけど、「演出家、ディレクターになるためには物事をすべて自分の言葉で説明できるようになりなさい」と言われたことが、今の自分に大きく影響していると思います。

 たとえばこういう風に取材の席に4人集まって、注文したのが4人ともアイスコーヒーだったとする。「なんでみんなアイスコーヒー?」と聞かれたとき「わからない」と言う人じゃダメだと。演出家というものはスタッフ、タレントを引き連れて進むときに、言葉足らずじゃダメで、みんなが理解できるように言葉を尽くして説明するのが仕事。「わかんない」と言う演出家にはみんなついて行きたがらない。プロとしてすべてを説明できる人になりなさい、との教えだと自分なりに理解しています。

 アイスコーヒーを説明するなら「初対面でやや緊張感のある中、片岡が注文したアイスコーヒーに他の3人が即座に合わせたから」とか「そもそも好きな飲みもので自己主張するような場じゃないし、スムーズな取材が優先だったから」みたいなこと。

インタビューの席、集まった4人が同じアイスコーヒーを注文した