「私に33億円くらいの養老金は出せるはずよ」
「詐欺に遭ったのは災難だったが、それでもあなたはトータルで、百福氏からけっこうな額の金を受け取ってきた。一体、どんな散財をしたのか」と問うと、美和は「不動産を買ったり、危ない投資話に乗って元手を失ったり、タクシー会社を興してはツブしたり、もういろいろ。そうでなくても生まれてこの方、生活はずっと苦しいままだし」と気色ばんだ。
「私が強く訴えたいのはね、金銭うんぬんではなく、安藤家に一分の義理や人情もないことよ。同じ父親の血を分けた兄弟なのに、私の存在そのものを無いものとし、面会を拒み続ける宏基社長の態度はあまりにも冷たい。困ったときに助け合う互助精神や慈悲の心こそが正義であり、家族関係の基本でしょう」と情に訴える美和だが、いつの間にか「試算したのだけどね、日清食品ほどの大企業のオーナーなら、私に33億円くらいの養老金は出せるはずよ」などとカネの話をギラつかせる。
だが驚くべきことに数年前、宏基氏から15万円が台湾・兆豊国際商業銀行の口座に振り込まれたという。思わず美和に対して「もうじゅうぶんではないか。あなたは『知足者常楽(足るを知る者が心豊かに過ごせる)』という概念を知るべきだ」と叫ぶが、彼女は聞く耳を持つそぶりすら見せない。
ドン・キホーテと化した美和をいつしか親族たちも疎んじるようになり、美和自身も「私の訴えをわかってくれない」子供たちとは疎遠になる。娘はホームレス同然の生活を送る美和を案じ、何度も同居を提案しているが、「あの子の家は狭すぎて」と言い訳する美和に、安らかな生活を受け入れる気持ちはないようだ。
なお、安藤百福と美和の親子関係、遺産相続などについて編集部を通じて日清食品ホールディングスに質問したが、「故人のプライベートに関することにつき、当社としてコメントすることは控えさせて頂きます」(広報部)との回答だった。
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「そろそろ閉店時間なので……」
喫茶店の店員から遠慮がちに促された美和は、大儀そうにデイパックを背負うと、キャリーバッグを引きながら店の表に出た。その間も舌鋒鋭い日清食品批判、安藤家批判はまったく止む気配がない。
今夜はどこで寝るのかと問えば「龍山寺の門前の広場を知っているかしら。あそこのベンチではいつも、大勢の人が寝泊まりしていてね」と美和。雑然とした下町ムードが漂う台北龍山寺の界隈は、多くの性産業従事者や路上生活者が拠点としていることで知られ、美和もたびたび雨よけのあるベンチや寺の軒下で夜を明かす。
「(市政府社会局の)炊き出しは朝4時から1時間は並ぶ必要があって、起きられない日はミルクティー1杯だけで丸1日を過ごすこともある。それでも極力、出費を切り詰めて、次回の訪日旅費を蓄えるつもりよ。まだ行くのかって? 宏基と会えるまで続けるのは当然」(美和)
生涯にわたって安藤百福という巨像にすがり続けるしかなかった美和の生き様は、傍目には哀れというほかない。それでも、日清食品や安藤家との「闘い」が彼女の活力源になっていることだけは間違いないようだ。
(文中一部敬称略)