二郎さんはなぜ捨てシャリを? 左利き克服の「二郎握り」も
江戸前寿司の握り方には大きく分けて、本手返し、小手返し、縦返し、という3種類がある。本手返しが本来の握り方で、5手から6手で握る。それを少し簡略化したものが他の2つだ。握りは手数が少なければ少ないほどいいと言われているが、昔ながらの本手返しではなく、多くの職人が小手返しや縦返しで握るのには、本手返しが難しいからという理由もあるのかもしれない。江戸前の伝統を守る老舗の多くは本手返しで握っているが、独自の握り方を習得した職人も数多くいる。
握り方に関連してよく言及されるのが「捨てシャリ」。これは、酢飯をつかんでネタに合わせたあと、余分なシャリを櫃に戻すことを指すのだが、これを忌み嫌う人が特に通を自認する客に多い。曰く、「職人としての姿が美しくない」ということと、捨てシャリをすることで「手数が1つ増えるから」ということらしい。
とはいえ、名のある寿司職人でもこの「捨てシャリ」をする人は多い。その代表例は、「すきやばし次郎」の小野二郎さんだろう。いったいなぜ、二郎さんは捨てシャリをするのか。この疑問について、評論家の山本益博氏が、著書『至福のすし』で本人に直撃して書いている。
「“捨てめし”はするものだって、先輩たちから教わったのを、そのまま深く考えずにずうっとやってきたってことでしょうか。一工程余計といやあ、その通りですね」
二郎さんは左利きの不利な点を克服する過程で、手返しをしないで握りが手の中でくるりと回る「二郎握り」という独特の握り方を習得しており、素早く握ることができている。山本氏はそこに理由があると分析する。
「山本 はじめから適量をつかむより、とりあえず素早くつかんで空気を含ませ、すし種の上へのせる。それを優先させた結果なのではなかろうかと。
二郎 自分じゃ、ほとんど無意識に近くて、よく分からないですね」
僕自身はこの捨てシャリ論争自体がナンセンスだと思っている。目を閉じて食べて、捨てシャリをした握りとそうでない握りの違いを指摘できる客などいないと思うし、捨てシャリをすることで劇的に握りの味が落ちるなら、とっくに誰もが修正しているはずだ。どうしたらシャリが美味くなるのかを考え過ぎて夢にまで見るという二郎さんが、捨てシャリを「無意識」にする理由は、握る姿の美しさなどよりも、自分の握る1カンごとの寿司の完成度に集中しているがゆえなのだと思う。
握り寿司が誕生してからの200年の歴史から、職人ならではの手仕事のこと、流儀、地方によって違う寿司の特色や、回転寿司から高級店まで、お寿司にどっぷりのめり込んだ著者が150冊もの参考文献を読み漁り、また全国津々浦々の寿司職人に話を聞いて集めた、旬なお話ばかりが並んでいる。
「マグロは江戸時代、猫もまたぐほどの下魚だった?」
「わさびを醤油に溶かすのは、本当にマナー違反?」
「江戸無血開城時、勝海舟は西郷隆盛にお寿司を準備していた?」
「寿司屋の修業、10年は本当に必要?」
「関東大震災で起きた物資不足が寿司ネタの幅を広げた」ーー
お寿司がもっと楽しく美味しくなる「なるほど」&「お役立ち」情報満載の1冊です。