「将棋めし」という言葉をご存知だろうか?

 様々な職業、人物の「食」に興味が向く昨今、「サラメシ」や「勝負メシ」といった言葉を聞いたことのある人も多いだろう。その中でも将棋、特に「対局中に食べられる食事」を俗に「将棋めし」とファンは呼ぶ。

対局中の食事をすべて「うな重」で固定した理由

広瀬章人竜王が監修を務める『将棋めし』。月刊コミックフラッパーで連載中! 現在4巻まで刊行されている。「将棋めし」ブームの火付け役となった作品 ©松本渚/KADOKAWA

 しかし、棋士の食事情報を聞いても、その目的がわからず困惑する人も多いだろう。

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 例えば、棋士の食事といえば加藤一二三九段の「うな重」が有名だ。加藤九段は対局に集中するため、余計なことを考えないようにするために対局中の食事をすべて「うな重」で固定したのだという。そして彼は「棒銀」という古くから存在する急戦型の戦法をこよなく愛しており、その採用率は非常に高い。その将棋へのまっすぐな愛と、好きになったら極めるまで添い遂げる一途さ、それらがめし情報とクロスして見えてこそ、「棋士の食事情報」は「将棋めし」であり、ファンにとって重要な情報なのである。

 昨今、ネット配信による対局の生中継が増え、棋力の有無に関わらず将棋を楽しむファンが増えてきた。藤井聡太七段の登場による将棋ブームでさらに注目されるようになったのが棋士の食事注文である。

 もっとも、棋士の食事について言及されるようになったのは最近の話ではない。観戦記に初めて詳細に書かれたのは1932年9月11日に國民新聞に掲載された、全高段者争覇戦の山本楠郎七段対小泉兼吉六段戦。観戦記者の倉島竹二郎氏の「読者をして勝負の場の空気を実際に観戦しているように感じさせる」という狙いが見事読者に受け入れられ、現在にまで続いているのだ。

注目の集まった竜王戦七番勝負にて、おやつを食べる広瀬八段と羽生竜王 ©松本渚

 2018年も将棋界ではさまざまな名勝負が繰り広げられたが、「将棋めし」の観点から個人的に注目した3つのメニューを紹介したい。

 以下、棋士の肩書きについては当時のものである。

1.広瀬章人八段の「うな重(竹)」

 羽生善治竜王のタイトル通算100期がかかった竜王戦七番勝負への挑戦者を決める、広瀬章人八段と深浦康市九段との三番勝負での出来事である。

 広瀬八段の食事は通常、昼はみろく庵で「里芋煮定食」か「つくね大根定食」、夜はふじもとで「うな重(梅)」と、大体固定化されていた。

 ところが、第1局目からその定跡が崩れる。夕食にあろうことか「梅雑炊」を注文したのだ。

 どういうことだ? いつも「うな重」で夜戦を乗り越えてきた人が雑炊で足りるとは思えない……。体調を崩しているのか? それとも食事が喉を通らないほどの局面なのか? えっ、ふじもとが休みだから「うな重」が頼めない? いやしかし、みろく庵にも「うな丼」はあったはずだし……。

 結果、対局は87手とやや早く終了して、深浦九段の勝利。局後の感想では、広瀬八段は「取り返しのつかないことになってしまい、あとはやっているだけになってしまった」とがっくりした様子だった。つまり、食事注文の段階で「この将棋は長くもたない」と判断しての梅雑炊だったということだろうか。