3.カツカレーをめぐって新しい伝説が誕生
将棋界には「カレー定跡」というものが存在する。
永世名人資格保持者である森内俊之九段が、2010年代以降のタイトル戦でメニューにあれば注文していたことから話題になり、とくに名人戦においては縁起がいいとされている。実際、現在名人に3期在位している佐藤天彦名人もカレー定跡の使い手で、2017年、2018年度ともに名人戦全局の2日目昼食注文をカレーにしたというエピソードがあるほどだ。
2013年には、第26期竜王戦で森内名人が「カツカレーを注文した対局すべてに勝利した」というデータがファンの間で注目され、必勝の“勝つ”カレーとして電化製品とコラボを果たすなどの盛り上がりを見せた。
そのカツカレーをめぐっては、2018年度に密かに新しい伝説が生まれていた。現在将棋界には、竜王、名人、叡王、王位、王座、王将、棋王、棋聖の8つのタイトルが存在する。そのうち3つのタイトル戦で、カツカレーを注文した挑戦者がタイトルを奪取したのだ。
第89期棋聖戦では豊島将之八段が第3局にカツカレー、第5局ではポークカツカレーを注文して棋聖を奪取。続いて第59期王位戦では、同じく豊島棋聖が第3局でカツカレーを注文、王位を奪取し、二冠に輝いた。第31期竜王戦では羽生竜王、広瀬八段ともに第6局で黒豚カツカレーを注文していたが、最終局で広瀬八段がふくカツのカレーを注文し、竜王を奪取した。
【第89期ヒューリック杯棋聖戦 五番勝負】本日の昼食 #将棋めし は、羽生善治棋聖が「ざるそば+ミニ親子丼」、豊島将之八段が「ポークカツカレー+グレープフルーツジュース」でした。
— ニコ生公式_将棋 (@nico2shogi) 2018年7月17日
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女流棋戦でも、渡部愛女流二段が第29期女流王位戦の第4局で阿波尾鶏のカツカレーを注文し、女流王位を奪取している。
特定の注文をした挑戦者がタイトルを奪取したというトレンドは非常に興味深い。またそれが、将棋界でも話題になり、今は順位戦から身を引いた森内九段の愛した「カツカレー」というのが、将棋ファンとしては感慨深いものがある。
それにしても豊島二冠は今年度、「無冠の帝王」などと不名誉なあだ名が付けられていたことがまるで嘘のような活躍ぶりを見せている。それはやはりカレーにカツを乗せたからなのだろうか? 前年度敗れた王将戦ではカレーライスだったし……やはりゲン担ぎは大事なのかもしれない。
食事から見える対局風景、そして棋士の心情
プロ棋士の将棋は、時に「プロでさえ解らない」と言われるほど難解なものである。当然私程度の棋力では、もはやメニューの内容ぐらいしかわからない。それでも、食事から見える対局風景、そして棋士の心情など、そこに思いを馳せたり盛り上がったりすることはできる。「将棋めし」とは、観客が対局について一方的に思いを馳せるファン活動の1つなのである。
「将棋は指してこそ」と考える方々もいるだろう。もちろん、定跡や戦法、駆け引きなどがわかるようになれば観戦ははるかに深く面白くなるだろう。だがそれはそれとして、観戦者には盤外にも将棋の楽しみ方があっても良いはずだと声を大きくして主張したい。
「鰻丼を平らげるのと、笊蕎麦ですませるのとでは違う。それでその棋士の嗜好もわかれば風貌もおのずと感じられ、読者は親しみを増すじゃないか」。これは前述した倉島氏の言葉である。
棋士とは我々とはまったく違う世界で戦う人々である。そんな人たちを身近に感じ取れる将棋めし情報は、今後も我々を軽く、しかし深く楽しませてくれるだろう。