1ページ目から読む
2/3ページ目

「トロ」という呼び方誕生に三井物産の人が関係していた!?

 世界に浸透した「SUSHI」文化。その代名詞とも言えるトロもまた、今や国際語だ。米コネチカット州やインドネシアには「Toro Sushi」という名の寿司店があり、ポルトガルには「Sushi Toro」という店がある。

 年齢や人種を問わず大人気のトロだが、そもそもマグロの脂身を「トロ」と呼ぶようになったのがいつなのか、実はそれを立証する明確な資料は残っていない。しかし寿司の研究者としても知られる日本橋「𠮷野鮨本店」3代目・𠮷野曻雄さんが書いた『鮓・鮨・すし−すしの事典』には、「わたしどもの店での」といった控えめな表現をしながらも、トロという言葉の誕生秘話が記されている。

美味しそうな中トロ 西麻布「寿司勇」より

 大正7、8年(1918、19)頃、𠮷野さんの父の時代、当時は安かったマグロの腹側(現在ではこちらが最上とされる)を仕入れて高級店よりも2割ほど安く売り、これが大人気となったという。そしてこう続く。

ADVERTISEMENT

  「この頃、前々から父の店をひいきにして、毎日のように食べに来られた三井物産のAという方がいた。この方がまた、脂身が大のお好きで、ある時同僚の方5、6人とご一緒に来店されたことがあった。脂身について、客側に適当な呼び名がないうえに、その霜降りのところとか、段だら(腹側の中でも脂の多いところ)のところとか、(中略)これでは面倒だから、なんとか直に通じる符丁をわれわれでこしらえようということになったのである。皆さんからいろいろな案が出たようだったが、ある人が、『どうだい、口に入れるとトロっとするからトロにしては……』というと、それはおもしろい、トロにしようと皆さんが賛成され、脂の多いところは大トロ、中位は中トロだと即座に決まった」

 大正9年(1920)に発表された志賀直哉の『小僧の神様』にはまだトロという呼称は出てこず「脂身」という表現だったが、大正15年になると、実業家・波多野承五郎が書いた『古渓随筆』に、こんな一文を見いだせる。

  「鮨は鮪に止めを刺すと言ってこそ、本当の鮨通だ、然かも鮪のトロ身で、部厚のものでなければならぬ」

 この間、関東大震災を挟み、寿司に限らず東京の食文化は足踏みしたと思えるが、それでもわずか数年でトロという単語が一般化していることが、この記述でわかると思う。