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特集観る将棋、読む将棋

2019/04/26

後悔の塊、パイレーツ・オブ・カリビアンですよ

――実際に棋譜を並べてみると「ここから詰みが見えたんだな」ってわかるわけですか。

豊川 わからないときもありますよ。そんなときは、先手と後手を変えて並べてみたり、多いときには5回、10回と並べてみたりします。

――他にとりわけ棋譜を並べている棋士はいますか?

豊川 いない。そういう意味では彼は特別ですね。

本格的に将棋を指すようになったのは中学生になってからだった。自宅から毎日のように1時間かけて千駄ヶ谷の将棋会館まで通ったという

――それはなぜですか?

豊川 後悔の塊なんですよ。後悔。パイレーツ・オブ・カリビアンですよ。ちゃんと勉強すればよかったなぁって。コンプレックスというかね。負け惜しみみたいですが、早く始めたほうが有利なんですよ。

 藤井くんは14歳でプロになりましたが、個人的には17歳でプロになった人は、世に出ていくとも感じています。最近でいえば、中村太地(七段)とか、島さん(朗九段)とか。こっちは16歳で奨励会6級とかですから。秒読みで追い込まれたときの反射神経とか違うんですよ。指が急所に行かないんですよ……。藤井くんの将棋は、強くなる過程もわかるじゃないですか。藤井くんの将棋を並べながら、少しでも腕を上げたいというか。

――3度目の対局がC級1組の順位戦でした。

豊川 順位戦ですねぇ。痛かったですねぇ。3度目も寄せが早かった。勝ち方がうまいですよね。勝つ確率の高い手を指している。

――藤井聡太七段との対局は、他の人との対局とは違いますか?

豊川 彼との対局は中継が入りますからね。彼は慣れっこですが、対戦相手のほうがキンチョールでしょう。

奨励会入会は高校1年生だった1982年。同期入会者には羽生善治九段、森内俊之九段、佐藤康光九段ら羽生世代が多かった

羽生さんとの共通項はありますか?

――これからもどんどん強くなると思いますか?

豊川 なるでしょう。オバケですよ。オバケの聡太郎ですよ。ほんとに。間違いないでしょう。でもまだ甘いですよ。

――まだ完成されているわけじゃない、と。

豊川 そう。これは負け惜しみじゃなくってね。たいしたことあるんですけど、まだ甘いです。ただ、この年代は、寝ながらも強くなるんです。夢の中に将棋盤が出てきますからね。今、藤井くんはレベルの高いところでやっているから、すさまじい勢いで強くなっていますよね。

――羽生さんが強くなっていったときと、印象は違いますか?

豊川 羽生は奨励会でも同期入会でしたので、今の藤井くんに対する気持ちとは違います。今のほうがクールというか冷静に見ていられます。だって自分の子どもより小さいわけじゃないですか。ただ羽生のときは「このやろう、こいつには負けない」って思っていました。彼が新四段になったとき、僕は塾生で当番やっていたんですよ。昼食の注文をとるんですけど、内心「くそー」って思っていました。先を越されているわけですからね。

四段デビューは1991年。当時24歳だった

――羽生九段と藤井七段には、共通項などありますか?

豊川 将棋の質自体が昔と今ではずいぶん違いますから、単純には比較できないですけど、苦しい将棋を逆転するところは似ていますよね。羽生といえば「羽生マジック」ですよね。藤井くんも、中田宏樹(八段)戦(2019年3月27日に行われた竜王戦4組ランキング戦。劣勢の終盤で6二銀とタダ捨てのところに銀を引く妙手で逆転した)などでも苦しい将棋を逆転していましたよね。