会社がつぶれる瞬間に聞くべきこととは何か
野沢社長は青白い顔で会見場に入ってきた。泣きはらして涙も涸れ、生気を失ったような表情に見えた。会見の冒頭、無念の表情で、少し涙ぐむような様子を見せたが、何とか立て直し、手元の書類を見ながら、会見は淡々と進んだ。主に巨額の簿外債務に関する質問が相次ぎ、同席した女性弁護士が細かい説明を行って、かたわらの野沢社長は黙ってそれを聞いている時間が長かったように記憶している。
いま振り返れば理解もできるが、どうして山一証券は2600億円もの簿外債務を作り、それを長年隠し通した末に、自主廃業という結果を招いてしまったか。その経緯と手口を聞くのが会見の中心だった。だが、情けないことに、説明を1回聞いただけでは十分に理解できず、後で録音を確認しなければと思いながら必死でメモをとるのが関の山だった。
会見が進むにつれ、先ほどの怒号が耳によみがえってきた。会社がつぶれる瞬間に聞くべきこととは何だろう。こう考えているうちに、会社が突然なくなってしまって社員は大変だろうな、という思いが湧き上がってきた。当時、結婚したばかりで、自分が家庭を持っていたこともそうした気持ちにさせたのかもしれない。
あの想定外の反応に焦った自分
会見が2時間も続くと記者たちにも疲れが見え始め、質問も尽きてくる。ただ、まだみんな次の矢を考えているのか、終わりそうで終わらない微妙な空気が会場を支配し始めた。質問するなら今だと思って手を上げた。
「社員の皆様にはどのようにご説明されるのですか。お帰りになって社内テレビか何かでお話しされるのですか」と聞いた。
質問を聞くやいなや野沢社長は、「これだけは言いたいのは、私ら(経営陣)が悪いんであって、社員は悪くありませんから」と話し、やおら立ち上がって「どうか社員のみなさんに応援をしてやってください。お願いします。私らが悪いんです」と涙で訴えた。
まったく想定外の反応だった。沈痛な面持ちで静かに説明するかと思ったが、いきなり立ち上がっての号泣である。「何か変なこと言ってしまったかな」と本気で焦った。すぐにその場から逃げ出したい気持ちになったが、会見場のほぼ中央に座っており、抜けたくても抜けられない。野沢氏の姿を正視できず、終始うつむいて上の空でメモばかりとっていた。