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広島カープ“昭和の40番”から“令和の40番”へ 達川光男が認めた磯村嘉孝の泥臭さ

文春野球コラム ペナントレース2019【対戦テーマ:平成最後の日】

2019/04/30

「泥臭く、ガムシャラ、それが40番」

 この試合を達川氏が見ていた。「あのバントで、背番号40の磯村になったよ。背番号40は野球センスの番号じゃない。泥臭く、ガムシャラ、それが40番よ。倉(義和)もそうやってくれた。あの何が何でも決めるバントが背番号40よ」。

 泥臭く、ガムシャラ。先人の築いたスタイルは、磯村も追い求めるところだった。「僕は華麗にプレーするタイプではありません。動きも、走り方も、打ち方もきれいではありません。でも、格好は不細工になっても、元気を出してやっていこうと思っています」。

 カープの歴代捕手陣が最もこだわってきたのが、ワンバウンドの捕球である。練習では、この地味なプレーに多くの時間が割かれてきた。強肩や強打だけではない。投手に思い切って腕を振ってもらうために、ワンバウンド捕球は欠かせないのである。津田恒美の豪速球、佐々岡真司のカーブ、永川勝浩のフォークボール、歴代投手のウイニングショットを支えたのは、捕手陣の堅実なキャッチングだった。

「(カープに入って)練習でたくさんやったので、以前よりワンバウンド捕球は上手になったと思います。石原さんも、會澤さんも、しっかり止めておられます。そういう面でも投手に信頼されているように感じます。僕も、そこは参考にして、投手が気持ちよく、思い切って投げられる捕手になりたいです」。

 いつも、相手を慮るのが捕手なのかもしれない。磯村はチームのためにバントを確実に決める。ヒーローになった會澤はお膳立てをした磯村を称えた。そして、ネット裏の達川氏は、後輩の成長に目を細める。「石原も會澤も磯村も、いつも敬意を持って私に接してくれています。こちらから偉そうなことを言うことはないですが、一目置いてくれているように感じます。磯村は、背番号40になったあと、『光栄です』って言うてきてくれたんよ。応援したくなるよね」。(達川氏)

「背番号40は野球センスの番号じゃない」という達川光男氏 ©文藝春秋

 平成の最後に、ひとつのバントから人間模様が見えてくる。決して主役に名乗り出ようとはしない。しかし、勝利のためには、捕手の活躍は欠かせない。あのワンプレーは、さながら背番号40の「襲名披露バント」であった。

「うん、あのバントで、しまったね。40番だけに、しまったよ」。昭和の40番は嬉しそうにつぶやきながら、令和の40番に思いを馳せた。

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