「どのくらい切りますか?」
「前髪と襟足を1ミリだけ切ってください」
「1ミリ?」
「そうです。1ミリでお願いします。難しければ5ミリでもいいです」
こうして、5ミリほど切った頭で家に戻ると、父は「金を返せ」と言ってきたがそれ以上怒ることはなかった。だが、髪型での喧嘩は頻繁に繰り返された。
中学時代、香水をつけてみたら……
僕が中学生の時にも「男」の定義で揉めた事がある。
その頃、同世代の間で流行っていた香水があったのだ。それを付けているところを、父に目撃された時、父はこう言った。
「そんなもの、男がつけるものじゃない! いいか、男の香水は『汗』だ! 女にモテたいなら汗を流せ!」
引いた。
確かに父はスポーツ万能で、学生時代も、実業団に入ってからも、汗を流していた。父がよく女性にモテていたことも、叔母から聞いていたし、想像もできる。だが、そもそも僕は女性にモテたくて香水をつけているのではない。もし仮にそうだとしても、僕は汗を売りにしてモテるタイプではないのだ。何から何まで、僕とこの人(父)とは違うのだということをイヤというほど学んだ瞬間だった。
ただ、その違いを乗り越えるには、お互いに、考え方の違いを認め合わなくてはならないと思うのだ。なんとかそれを父に理解してもらいたかった。
「お父さんはさ、なんで自分の意見を僕に押し付けるの? お父さんと僕は考え方も価値観も違う。でも僕は、お父さんの言う、スポーツしている人たちや、お父さんの事も一度も否定した事はない! なのにお父さんは僕を否定する。なんで? なんで僕は否定されなきゃいけないの!」
そこに3つ下の妹が現れた。妹は僕と違い、スポーツが得意でバドミントンに打ち込んでいた。妹と父は家族の中でも、よく2人でタッグを組む、仲良しコンビだ(父は妹にゾッコンで、妹はお父さんをうまく利用する天才なのだ)。
「くっせぇ! お兄ちゃん、香水つけてモテようとしてる~。カッコつけ男~」
妹は「お兄ちゃん、香水くせぇ」と唄いながら、ダンスまで踊りだした。
「お兄ちゃん、くせぇよな~? しぃちゃん」
「くせぇ~かっこつけ男~」
厄介な人間が2人になり、僕1人では敵わない。そこに僕の味方が現れる。母だ。
「もう、やめなさい2人とも。良輔も年頃なんだから、香水くらいつけるでしょ。(父に向かって)あんただって学生時代、女にモテるためだけに、ギターを弾こうとしてたじゃないの。それに、しぃちゃんだって大人になったら香水くらいつけるのよ」
「えー、やだ~。くっせぇ~じゃ~ん」
「しぃちゃんは、バドミントンの選手になるもんな~?」
この時、僕は、妹が色気付いた時には、めちゃめちゃバカにしてやろうと心に誓ったのを今でも覚えている。