文春オンライン

連載ことばのおもちゃ缶

「回文」作りの極意(2)「雑炊ぐいぐい吸うぞ」の「ぞ」の重要性

2015/03/22

genre : エンタメ, 読書

note

 逆に、内側から固めてゆくスタイルもたまにとることがある。日本語には「安全」とか「カツカレー」とか、単語のレベルですでに回文っぽい構造をとったものがあるので、それに何とか付け加えて外に伸ばしていったら、文として成立するんじゃないかと試行錯誤してみる。まあ、「カツカレー」の場合は、「ーレ」につながる言葉を探すのが大変なのだけれど。アーレ、イーレ、ウーレ、エーレ……こんなふうに五十音を次から次へと当てはめて、しっくりくるのを探す。僕はもう数え切れないほどこの作業をやってきたため、五十音を高速で暗唱できる。五十音を唱える速さで競争したらたぶんかなりいいところまでゆく。うーん、……シーレ……シーレ……エゴン・シーレ。エゴン・シーレ、カツカレー、しんごえ。しんごえって何だ。またさらに付け足さなくちゃ……。

 と、いつもこんな感じで作っているわけだが、料理番組風にすでに出来上がったものも一応用意しておきます。

慣例は半裸とすればレストランは入れんか(かんれいははんらとすればれすとらんははいれんか)

 「レストラン」から「○んらとすれば」というフレーズを思い付いてしまい、一番しっくりくるのが「半裸」だったのである。一見「全裸」でもよさそうなのだが、「レストラン」につながるためには「ぜ」では駄目で、助詞である「は」が続かなくてはならない。「全裸」では駄目なのである。半裸と全裸の間には、回文が日本語として成立するかしないかの大きな分かれ目があるのだ。半裸と全裸の違いを舐めてはいけないのだ。

ADVERTISEMENT

「半裸とすればレストランは」までが成立したのはいいが、これだけだと日本語としておよそ不十分。前後に何か付け足したい。こういうときのために、僕は「割り切れる」タイプの短めの回文をいっぱいストックしている。「あれとか/カトレア」とか、「捻挫した/足し算ね」とか、真ん中が一字になっていなくて竹のようにすっぱりと割ることのできる回文が見つかったら、それだけで発表せずにこういうときのために備えておくのだ。中心部だけ完成してあとは外側が惜しい、というものができたら、そんな「割り切れる」回文でサンドイッチのように挟んでしまう。回文で回文を挟むのだ。

 ここでは「慣例は/入れんか」を使った。これだけだと意味をなしていない回文だったので困っていたところだ。これで意味の通る回文が、一つ完成した。半裸であることが慣例なのだけれど、それだとレストランはさすがに入れないのかと納得しているという設定である。レストランの入口の前に立ち尽くしている半裸の男の姿を想像していただきたい。

 さて、もし僕の話をきっかけに「自分も回文を考えてみたい」などと思い始めた奇特な人がいたときのために、10年を超える回文歴で少しずつ見えてきた「回文のコツ」を教えたい。長きに渡ってずっと言葉をくるくる回し続けてきて気付いたのは、日本語回文では「助詞」がとても重要だということだ。

 と言ってみても分かりづらいだろうから、具体的に挙げる。「が」「は」「に」「も」「へ」「と」「で」。私が、私は、私に、というように何かしらの言葉をくっつけてみて、それぞれのニュアンスの違いを確認してほしい。日本語ネイティブならできるはず。他にも、疑問文のときに使う「か」。所有や属性を表現するときに使う「の」。口語のときに最後に付けたりする終助詞の「だ」「ね」「よ」「ぞ」「さ」(関西弁だったら「や」が使えますね)。こういったものが、回文を作るときに大活躍するのだ。

【次ページ】