――下町グルメといえば、かつては昭和回顧録的な店を探したものですが、最近は下町に最先端の店がたくさん開店し、新しい楽しみ方が出来るようになってきました。しかも、私たちが「下町らしい」と感じる店は下町だけにあるわけじゃないようです。下町っていったいなになのか。食ライターの小石原はるかさん、脚本家の伴一彦さん、元「酒とつまみ」編集長の大竹聡さんに語ってもらいました。
伴 僕は新小岩に住んで30年以上になりますが、以前より行ける店が増えたと感じますね。というのは、僕は日本酒を飲まないんですよ。ワインが好きなので、あまり地元では飲まなかったんだけど、近くに「わいん食堂 Chez トシ」が出来てよく行くようになりました。3年目を迎えたビストロで、かつて目黒で「SHIMPEI」をやっていた松尾晋平さんの弟子でおいしいんですよね。ほかにも、最初に話した焼き鳥「酉笑」や、ロースロポークの専門店やワインバーも出来て、かつての下町っぽい感じとは違う店が多くなりましたね。
小石原 ワインがお好きだったら錦糸町の「sugahara」というイタリアンが非常におすすめです。
伴 ああ、そこはチェックはしていますが、行ってませんでした。
小石原 浅草橋には「FUJIMARU」ができたり、おしゃれワイン系の店が増えているかもしれない(笑)。
伴 浅草の「萬長」ってまだあります?
小石原 あの場所は「ガンゲット・ラ・シェーブル」っていうワイン食堂になりました。あそこも昼から飲めますね。相撲の取り組みのある日は店内のテレビで大相撲を見ながらワインが楽しめます。グラスワインが異常に種類が豊富で、しかもつまみが安い。
伴 それは行かなくては。こうしてみてみると、たしかに新しい業態の店が増えてます。
小石原 たしかにそうなんですが、それって、昔からそこにある居酒屋には太刀打ちできないからなんじゃないでしょうか。私がもし何らかの理由でお店を開くとしたら、そう思うだろうから。
大竹 そうねえ。若い人に「『まるます家』に入ってごらん」って言ったとして、いきなりすっと入って樽酒くれとはなかなか言えないでしょ、ハードル高いですよ。また、御徒町のもつ焼き「大統領」で混んでるカウンターに分け入って、「ちょっとごめんなさい、そこ座らせてください」ともなかなか言えない。だからどうしても入りやすい業態の店にならざるをえないんじゃないかな。
小石原 確かに「大統領」はハードル高いですね(笑)。
大竹 座っちゃえばこっちのもんで、常連さんに随分かわいがってもらえるんだけどね。それにしても「大統領」は混んでますね。アメ横界隈には「大統領」を含めて、ああいう昼間から飲める店が4軒くらいあるでしょう。その内の1軒は完全に立ち飲みで取材絶対NGの「たきおか」という店。そこなんかいいですよ~。おじさんが酒を飲みながら「赤貝か~? まぐろか~?」って言いながらテーブルの上に小銭をバラバラと落としてね。日本酒もう1本とあと1品食って帰りたいなと思っているんだろうね(笑)。
小石原 立ち飲みの店って、そういうお客さんいますよね。
大竹 あと、下町って東京だけじゃないんだよね。たとえば野毛なんて横浜の下町でしょう。「ホッピー仙人」とかいいよね。
小石原 いいですよね、野毛。日の出町あたりから「第一亭」を皮切りにブラブラ飲み歩いたり。
大竹 僕は1カ月に2回ほど地方に酒絡みの取材で行くんですけど、その土地のいわゆる下町のような場所をぶらぶら歩いて、ピンと来る店を見つけたら「ここだ!」って入っていく。北九州とかの下町の店に入るともう痺れますね。
小石原 ああ北九州……角打ちの発祥の地ではないですか。
大竹 ガラリと戸を開けて入ると、そこにいる全員がこっちを見て「誰ね!」みたいな顔をする(笑)。で、馴染まない店、常連さんもお店の人も、この人ここにいてもきっと困っちゃうだろうなと思われるような店だったら、すぐ出ます。
小石原 それを見越して、ご自分と合わなかったときにはすぐ出られるようなオーダーの仕方をしてます?
大竹 必ずそうしてます。最初はビールとちょっとしたつまみだけとか。で、ちょっと違うなと思ったらすぐ出る。
伴 事前情報なしに初めて入るお店がおいしいかどうか判断する基準はあるんですか?
大竹 こういうとなんですが、カンですね。料理は僕の好き嫌いがきっとあって、好きなものが出たらうまいと思うので。あとは店のおかみさんがものすごくきれいだったらうれしいですよね。ガラリと開けて美人おかみだと、おお! 何も食う前からいい店見つけちゃったと思っちゃう。そういう感じなので、僕に聞いてもあまり参考になりません(笑)。
伴 それはよくわかりますが(笑)。結局は店って単にうまい、まずいじゃなくて、接客や雰囲気を含めたトータルの美味しさですもんね。
大竹 だから、基本的には好きなように飲めばいいと思いますよ。ただ、今はその土地に根ざした一杯飲み屋的な店とか、あるいは地元の人たちが通ってくるビストロに、食べログを見て全国から押し寄せる時代ですよね。最近は常連さんの方がそれをわかっててウエルカムで迎えてくれる人が増えているからトラブルは起きないので、あまり気にする必要はないけれど、あくまで地元の人たちの場所だということはわきまえておかないとダメですよね。遠くから大勢で押しかけて何にもわからずにどんちゃん騒いじゃうと、そのお店が台無しになっちゃう。だから大きめのハコでせいぜい2、3人で行って飲むというのが穏当ですよね。カウンター7席しかないような小さい店に3人で入りたいというのは無謀でしょう。
小石原 そこは1人で行こうよと思いますね。
伴 小石原さんは、1人飲み平気なんですか?
小石原 全然平気ですね。先週もずっと気になっていた「目黒新橋」という飲み屋街にある、カウンター5、6席だけの小さい店に1人でふらっと入ったんですが、先客の常連のおじいさんと仲良く飲みました(笑)。1人飲みは女性の方がハードル低いと思いますよ。そんなに嫌な目にあったことないですし。珍客であることは間違いないんですが、意外とみんなやさしくしてくれますよ。
伴 他のお客さんに絡まれたことはないんですか?
小石原 ないですね。最初に何杯で帰ると決めておくといいですよ。テンポよく飲んで食べて喋ってサクッと帰れば楽しいだけで終われます。