先輩後輩関係の功罪
若者たちと同じ建設会社で働き、休み時間には皆の飲み物と食べ物を買いに走る。年下の“先輩”たちのパシリになった打越は、彼らから信頼を勝ち取り、調査も進み始める。その手法が上手くいったのは、もともと“しーじゃ(先輩)”と“うっとぅ(後輩)”という関係こそが、若者たちが生きる“地元”という世界を形づくっていたからだ。打越が働いた建設会社は、“しーじゃとうっとぅ”の関係をそのまま取り込むことで作業現場を円滑に運営していた。
“地元”は言わばデータベースで、そこに集まる情報や“うっとぅ”は、グレーな商売を行う際にも活用された。しかし、“しーじゃ”から“うっとぅ”へ理不尽な暴力が振るわれることも多かった。また、家では暴力はパートナーの女性に向かった。そもそも暴力を振るう方も、さらに上の“しーじゃ”から、あるいは親から暴力を振るわれて育っていた。“地元”は悪循環を生む環境でもあったのだ。そして、打越が調査を行う間に、景気の低迷や少子化を受け、“地元”を成り立たせていた“しーじゃとうっとぅ”のバランスは崩れていった。
ゴーパチも以前のような賑わいはない。ある男性は沖縄に見切りをつけて内地に向かった。ある女性は悪循環を断ち切るように穏やかな家庭を築いた。一方、パシリだった打越は10年を経て、若者たちと仲間になったことが、挿入された会話から窺えた。彼らは“地元”を越えたのだ。
うちこしまさゆき/1979年生まれ。社会学者。2016年、首都大学東京人文科学研究科で論文博士号(社会学)取得。琉球大学非常勤講師。共著に、前田拓也ほか編著『最強の社会調査入門』。
いそべりょう/1978年、千葉県生まれ。音楽ライター。昨年、『ルポ 川崎』が話題に。他に共著『ラップは何を映しているのか』など。