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独立短篇集の面白さを追求した『満願』

――そして『満願』(14年刊/新潮社)は、1篇1篇が独立した短篇として完成度が高く素晴らしかったですね。その時のインタビューで、「打ち合わせで編集者と泡坂さんの『煙の殺意』(創元推理文庫)や連城三紀彦さんの『戻り川心中』といった自分の好きな短篇集の話をした」とおっしゃっていたんですよ。

満願

米澤 穂信(著)

新潮社
2014年3月20日 発売

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米澤 そうです、この時に泡坂さんの話をさんざん言ったので、いつも泡坂さんの話をしている印象になったんです(笑)。これは、『儚い羊たちの祝宴』がそれなりに読者に楽しんでいただけたので、またああいうものをやりましょうかという話をしたら、編集者さんが頑として「一篇一篇が独立したミステリー短篇集を」と言って譲らなかったんです。

――連作短篇集は連作短篇集の面白さがありますが、一篇で完結する短篇にはその一篇の中で世界を完結させる濃密感、どこに着地するか分からないスリル、ラストの切れ味といった醍醐味があると感じます。なのに最近は独立短篇集が少ないのが不満でした。だから『満願』を読んだ時、そしてこの作品が山本周五郎賞を受賞した時、素晴らしいなと思いました。

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米澤 独立短篇集は不利な商業形態だと言われていたんですよ。たくさんアイデアを出してたくさんシチュエーションを作って苦労が多いけれども、読者にはそれほど喜んでもらえないという、労多くして実りなし、という固定観念があるように感じます。でも『満願』というものを出させていただいて、ご評価いただいたことによって、今後、独立短篇集がたくさん出てくれるといいなと思っています。

――これは神話や民間伝承、都市伝説などが裏テーマとしてありますよね。

 

米澤 はい。「独立短篇集を」と言われた時に、何も取っ掛かりがなかったので、人々の祈りのようなものをひとつのフックにして考えていこうと思っていました。それこそ『戻り川心中』の「花」というテーマのようなもので。ただ、「夜警」はその祈りの要素がありませんし、「死人宿」ももともと違う媒体のために書いたものなので、強いこだわりがあったわけではありません。あくまで、取っ掛かりです。

――『犬はどこだ』の古文書や『リカーシブル』のタマナヒメ伝説もそうですが、古くから伝わるものに興味を持たれているのですね。

米澤 その時代時代の人たち、その土地土地の人たちが何を大事に思ってきたのかということに、すごく興味があります。

 蓄積されてきたものを書きたい気持ちがありますね。また泡坂妻夫の話になってしまいますが、『乱れからくり』も、ミステリーだけれども玩具の歴史がバックグラウンドにあって、それが豊かに思えました。「ああ、そうか、今ここに書かれている人の思いや品というのは、すごく長い蓄積のもとに出来た氷山の一角なんだ、よくやく芽吹いた筍の先っぽなんだ」という感じが好きなので、そういうものを取り入れることは多いです。

――編者をおつとめになったアンソロジー『世界堂書店』(14年刊/文春文庫)も垂涎ものでした。

世界堂書店 (文春文庫)

(著)

文藝春秋
2014年5月9日 発売

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米澤 ある企画で、好きな翻訳短篇10篇を回答するアンケートに答えたら、その企画が実現しなかったらしくセレクションが宙に浮いてしまったんです。そのリストがきっかけで「アンソロジーを作りませんか」とお声をかけていただきました。ただ、版権の問題などがありまして、当初のリストは影も形も残っていないセレクションになりました。

――古今東西の短篇が収録されていて、米澤さんの読書の幅広さが分かります。ユルスナールの「源氏の君の最後の恋」(多田智満子訳)があったり、マクロイの「東洋趣味(シノワズリ)」(今本渉訳)があったり、久生十蘭の「黄泉から」があったり……。架空の町を描いたもの、西洋人が書いた東洋、日本人が書いた異国の話などがお好きなのかな、と感じます。それと奇想。

米澤 短篇はもともと好きです。振り返ってみると、先ほどお話ししました『書物の王国』を読んだのが原体験だったように思います。ダンセイニの「倫敦の話」なんて、もう大好きでしたから。現実にあるけれども、どこか現実でないような町の話が好きなんですよね。

 奇想に関しては、確かに一風変わっているけれど、同時にすごくきれいだなと思うものが好きですね。ここに収録したパノス・カルネジスの「石の葬式」(岩本正恵訳)なんかも、そう思うところがあります。

――ミステリーに限らず、さまざまな読み味のものが入っていますね。

米澤 自分が短篇を好きになった原体験を振り返ると、ミステリー的なサプライズやフィニッシングストロークに寄りかからない作品の趣味は、江戸川乱歩の『世界短編傑作集』(全5巻、創元推理文庫)で培われた気がします。あれはいろんな読み味のものが入っていて、必ずしもびっくりするとか、思いもしなかった結末になるとは限らない。それと、人から薦められて読んだシュペルヴィエルの短篇集『海の上の少女』(綱島寿秀訳、みすず書房)ですね。これはいくつかの訳で出ていて、題名も『海に住む少女』(永田千奈訳、光文社古典新訳文庫)などいろいろあります。

――そして、その次が最新刊の『王とサーカス』なわけですね。9作目の『インシテミル』、10作目の『遠まわりする雛』あたりまでが第1期としたら、その後第2期が続いている感じですか。

王とサーカス

米澤 穂信(著)

東京創元社
2015年7月29日 発売

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米澤 今回の『王とサーカス』が19作目なんです。次の20作目が出た後、自分の中で最初の10作、次の10作という区切りを感じるだろうという予感は持っています。今のところ具体的にどういうというものではないですけれど。

――20作目が太刀洗の短篇集になるわけですね。

米澤 あっ、そうなりますね! しまった、文藝春秋さんから出る作品が20作目になると思ってました(笑)。

――(笑)。11作目の『儚い羊たちの祝宴』が新たな一歩だったように、21作目の文藝春秋の作品がまた新たな第一歩になるのでは。

米澤 そうですね、よかった、上手く落ち着いた(笑)。文藝春秋の小説は現在準備中です。これは現代ものになる予定ですが、これから内容がどう変わるか分かりませんので現段階での構想は伏せておきます。

――どのくらい先まで執筆予定が決まっているのですか。

米澤 まず、年内に太刀洗の短篇集をまとめます。それから刊行の順番はどうなるか分かりませんが、文藝春秋の小説を書き、東京創元社で「冬期限定」を書く。『オールスイリ』や『オール讀物』で書いている〈甦り課〉のものもまとめて、それから『小説すばる』で書いている「913」から始まるものを書きあげる。KADOKAWAでも〈古典部〉の短篇と中篇をという話をしていまして……。

――今後も、ミステリーにはこだわりますか?

米澤 そうですね。もともと気が多いので、書こうと思えばなんでも書いてしまうところがありますが、それは読者にとってはあまり嬉しいことではないんじゃないかと思っています。ただ、今後、どうしても書きたいと思う小説がミステリーをまったく必要としない、むしろミステリーがあったら邪魔になってしまうというのなら、その時は考えるかもしれません。