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2019/06/01

「まず1つ目は松永の親戚である義男さん(仮名)の存在です。彼は20年以上前に内臓疾患で亡くなっているのですが、松永家や『ワールド』にも出入りしていました。義男さんは結婚詐欺や手形詐欺など、詐欺についての知識が豊富で、松永は彼の影響を受けています。その結果、松永は従業員に名義貸しや、架空人名義での信販契約を締結する詐欺行為を強要するようになったのです」

 松永は違法行為を恐れる従業員に向かって、「犯罪を犯しても自白しなければいい。物証さえ残さなければ大丈夫だ」との持論を展開していた。

「2つ目は栗原物産(仮名)という、暴力団のフロント企業との親密な関係です。この会社の人間が松永家によく顔を出していて、松永も個人的に連絡を取っていました。彼は自分が暴力団と繋がりがあるように振る舞うことで、周囲に恐怖心を抱かせることができることを実感しました」

 そのため『ワールド』の従業員のみならず、緒方家やその他の“獲物”に対しても、自分は暴力団と繋がりが深いと吹聴。さらには、「知り合いの暴力団員に頼めば、どこに逃げても見つけ出せる」と脅すことで、逃走を諦めさせていた。

「そして3つ目は父親の布団販売会社を継いだということです。人に使われるのではなく自分の会社を持ったことで、松永は自由に動くことができました。そこで詐欺の方法や人を恐怖で支配する方法を体験したことは、松永にとって後の犯行のための蓄積になっています」

 たしかに、松永にとってこの『ワールド』時代の経験は、ある種の“実験場”だったと思えてならない。後に被害者たちを恐怖で支配するため頻繁に使った通電による虐待も、ここで生まれている。

“生け捕り”され、100回以上通電された被害者の記憶

 松永と純子が一審で裁かれている時期に、私は『ワールド』の元従業員を取材した。

 彼、生野秀樹さん(仮名)は、1984年秋に友人から頼まれて『ワールド』の名義貸契約に応じたところ、従業員を探していた松永から因縁をつけられて“生け捕り”にされた。

「布団販売の数字が悪いと、松永から拳や電話帳で顔を殴られたり、木刀で腕を殴られたりしました。そんな生活が半年くらい続いた1985年春、私を会社に引き込んだ男から、剥き出しにした電気コードで腕に通電されたんです。そいつは工業高校を出ていて、電気の知識があったんですけど、ショックで倒れた私を見て、目の前の松永が笑いながら、『それ、いける』と……。以来、従業員を使って、人体にどんな影響があるかの実験が繰り返されました」

 当時、新築したばかりの『ワールド』社屋の3階には、防音設備が施されたオーディオルームがあり、そこが“通電部屋”となった。

「私は過去に100回以上、松永の指示で通電されましたが、あいつはどうすれば相手が死なないか、傷が残らないかを研究していたのです。片腕と片足に電流を流された時は、『心臓がバクバクするか?』と聞かれました。腕や足に傷が残った時は、『こりゃ改良せないかん』などと言ってました。あと、手や足だけでなく、額や局部にも通電されました。額はいきなりガーンと殴られるようなショックがありました。局部はもう、言葉に表せません。蹴られる以上の衝撃と痛みでした。それを松永はニヤニヤ嬉しそうに眺めていました」

 通電は従業員への罰として連日行われ、なにか気に食わないことがあると、松永は「電気!」と声を上げ、すぐに通電器具が用意された。

 取材を終え、生野さんに通電された痕を見せてもらった私は息を呑んだ。肘から先と、膝から下、そのすべてに幅一センチほどの縄を巻いたような、ケロイド状の火傷痕が残っていた。しかし生野さんは事もなげに口にする。

「手なら手でね、手首と肘の二箇所に剥き出しの電線を巻いて、電気を流されるわけですよ。そうすると電線が熱を持つでしょ。だから火傷してしまうんです。ただ、こっちのほうが額や局部よりは楽でした」

今もふくらはぎに残る通電による火傷痕

 この原稿を書くにあたり、私は改めて生野さんの許を訪ねた。前の取材から10年以上が経過していた。

「あれから時間が経ちましたけど、ずっと人を信じることができないんです。気づけば相手を疑う感情が出てしまう。そのため、松永の許を逃げ出してからも、職場の上司を信じられず、職を幾つも変わりました」

 そう語る生野さんの両手足には、ケロイド状の火傷痕が生々しく残る。

「松永に対する恐怖はいまもあります。死刑が確定しましたけど、それでもまだ安心できない。再審請求を続行しているし、あの男のことだから、いつか出てくるんじゃないかとの思いがある。いまだに当時の恐怖がふとしたときに蘇り、声を上げそうになります」

 彼はつとめて冷静な口調で言った。

「たぶん会ったら殺してしまうと思います」

 その重い言葉を聞き、松永の被害に遭った者の心の傷を直に突きつけられたような気がした私は、ただ頷くことしかできなかった。

後編〈通電、監禁、肉体関係……連続殺人犯はこうして女性を洗脳して“獲物”に仕立て上げた〉に続く

連続殺人犯 (文春文庫)

小野 一光

文藝春秋

2019年2月8日 発売

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