『写経のように念じて』
早速、2019年5月26日に開催された日本ダービーにおいて、東京競馬場に捨て去られていた馬券を観察していきたい。
購入したのは単勝2番人気ヴェロックスの単勝(払戻想定オッズ4.3倍)馬券1,300円分。ここで気になるのは、購入者がなぜこのような方法で馬券を購入したのかである。
普段馬券を購入する習慣のない方に向け、補足して説明すると、馬券とは、購入したい競馬場・レース番号・馬番号・金額をマークシートにチェックし、券売機で購入するもの。通常、日本ダービーでヴェロックスの単勝1,300円分の馬券を買おうと思えば、“東京競馬場・11レース・13・13百円”とマークする。そうすれば、余計な馬券がなく、“ヴェロックス 1,300円”と印字された馬券を1枚手にすることができる。
それにも関わらず、購入者は“東京競馬場・11レース・13・1百円”とマークを13度に分けて行ったのだ。その結果、手にしたのがこの馬券である。非効率この上なく、面倒で、なんらかの意志がなければ、このようなマークを行うことはない。購入者はさながら写経を行う仏教徒のような心境で、的中を祈願しながらマークシートを塗り続けたのではないだろうか。味わい深い。
『絶・望』
フジビュースタンド1F20番柱付近の喫煙所内にて破り捨てられている姿を発見。悔しがる香りが強く漂う馬券だ。購入したのは単勝4番人気アドマイヤジャスタの複勝(払戻想定オッズ3.3~7.2倍)馬券を5,000円。
馬券の購入額は人によって千差万別で、金額の大小で優劣はないものだが、この5,000円は購入者にとって気合の入った金額だったことがわかる。タバコの火で馬券を焦がしているから? それだけではない。よく見ると、馬券はクシャクシャにされており、破られており、焦がされている。焦げの痕跡を細かく見ると、クシャクシャの折り目になっている部分に紙の繊維が見えていない。さらに、クシャクシャにされている割には破られ方は1枚の紙をそのまま破ったようで、かなり直線的だ。
これは恐らく、一度馬券をクシャクシャにしたうえで、それをわざわざまた開き直して、タバコの先端を馬券に押し付けて焦がし、そのうえで破ったものに思われる。クシャクシャにしたものを一度開いて確認する。それくらい購入者にとって悔しい馬券だったに違いない。
アドマイヤジャスタは単勝4番人気と支持されながら、18頭立ての18着でレースを終えた。
『これで当たりってことに……してもらえませんか?』
フジビュースタンド2Fファストフードプラザ(ウエスト)にて観察したこちらのハズレ馬券は、いくらかあっけらかんとした印象を受ける。近くには酒盛りのあとがあり、どうやら複数人で飲み食いしながら馬券をつまんでいたようだ。
1着から3着までに入る馬を順不同で選ぶ三連複式の馬券を購入し、12番人気、3番人気の馬は選んでいるのに、2番人気の馬を選ばないという痛恨のミスを犯してしまった。酔いの回った購入者は「えい!」と、馬券に数字を書き足し、「これで当たりってことに……してもらえませんか?」とトボける。そんな光景が目に浮かんだ。本当にそんな調子だったのか、呪詛を呟きながら馬券に数字を書き足していたのか、知る由もないのだが……。