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「パンチをぶちかます。ミットに腕ごとぶっ放す」

 歓喜のまま、勝負の時がやってきた。菅野、ヤングマンと先発ローテーションの柱が相次いで離脱し、手にした先発投手。6月6日。絶好調の楽天打線を相手に、実にプロ初登板した2016年3月30日のDeNA戦以来、1163日ぶりに真っ新なマウンドに上がった。

 試合当日。私も球場に足を運んだ。スタンドに着席したのは1回表の巨人の攻撃が終わったあたり。そばにいた楽天ファンが笑いながら言っていた。「桜井俊貴って誰?」。肌寒い仙台の気候と同じく、冷ややかなものだった。そんなアウェーの空気はどこ吹く風。球場の中心にいた『和製マルティネス』は威風堂々、全球に魂を込めた。「このチャンスを逃したら終わり。使っていただいたことに感謝し、自分の野球人生をかけて投げました」。振り切った右腕は何度も何度もグラウンドに触れそうになった。初回、2回、3回と無失点。周りを見渡すと赤いユニホームばかりで、私の「ヨッシャー」と近くの悲鳴が交錯するのが少しだけ、気持ちよかった。

 ハイライトは1-0の4回。1点を返され同点とされた4回2死満塁から立命館大学、そしてドラフト1位の後輩・辰己を迎えた時だった。2球でツーナッシング。恋女房の炭谷が要求したのは高め、磨き上げた真っすぐ。マウンドで心の中で呪文のように唱えていた。

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「パンチをぶちかます。ミットに腕ごとぶっ放す」

 跳んだ。跳ね上がった。指先に渾身の力を込め、ボールを投げた桜井の体が、一瞬浮いた。勢いあまって本当に右腕がホームベースに届きそうなくらいだった。うなりを上げた145キロの豪球に、イーグルスの黄金ルーキーのバットが空を切る。空振り三振で危機を脱した。「点を取ってくれ、守ってくれる野手の方々に、自分の投げているところを見て、『絶対に抑える』という気持ちが伝わるような投球がしたかったんです」。言葉通り、グラウンドのナイン、それだけでなくベンチ、そしてスタンド。25歳が未来の命運を乗せた一球は、見るもの全ての胸を熱くした。

 同点の6回には1学年上のドラフト1位・岡本の勝ち越しソロ。故障に闘病を乗り越えたマシソンが好リリーフし、同じ2016年入団の中川が9回を締めた。背番号35の熱投がジャイアンツに火をつけて、交流戦の開幕カードを勝ち越しで飾った。

1163日ぶりの先発でプロ先発初勝利を挙げた桜井俊貴

 夢にまで見た、先発での初勝利。「本当にうれしいですが、ここで満足しては絶対にいけない。先発投手として生きていけるように、これからも死に物狂いでやりたいです」。故障が続く先発投手陣に救世主が誕生した。

 表情を緩めることのない本人とは対照的に私は勝利の余韻に浸りまくりながら、ある巨人ファンのツイッターを眺めた。「桜井俊貴って誰? こんな投球見たことない」。球場で聞いたそれとは違い、この日の変身にうなるフレーズに胸を躍らせながら、このコラムを書いている。

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