尾道大橋を望むあたりが景色のハイライト
お手頃価格で楽しい「ラ・マル・しまなみ」だけど、じつはちょっと残念なところもある。それは車窓。地味。とても地味。でもこれは仕方ない。山陽本線は京阪神と九州を結ぶ鉄路の大動脈。海運が中心だった輸送を鉄道に置き換えるべく作られた路線だ。主要都市を、なるべく平坦なルートで直行する線路で、風光明媚なルートではない。
沿線の近景は民家と工場と田畑が続く。遠くに連なる中国山地が目の保養。瀬戸内を走る路線にしては海が遠く、平凡な景色といえる。観光列車にとって車窓は重要で、その点は少し残念。「ラ・マル・しまなみ」は尾道大橋を望むあたりで、やっと尾道水道のそばを通る。ここが景色のハイライトで、「ラ・マル・しまなみ」は徐行してくれる。
音楽が旅を盛り上げる
しかし、この列車の素晴らしさは控えめな音量のBGMだ。とても心地よく響き、車内を居心地良くしてくれる。この列車のコンセプトに合わせて作られたオリジナル曲で、作曲はアニメやゲームの分野で活躍する藤間仁氏。アニメソング歌手の女王、水樹奈々さんへの曲提供でも知られている人だ。作風は電子音を使わないアコースティックサウンドで、「ラ・マル・ド・ボア」の木材を多用するインテリアにピッタリ。ストーリー作品を盛り上げるセンスが、列車の響きに重なっている。
このオリジナル曲の演奏は、日本を代表するアルパ(ラテンハープ)奏者の上松美香氏が手がけている。藤間仁氏の奥様だ。通勤電車を改造した車両は雑音も多く、もっとBGMの音量を上げて欲しいな、車内でCDを売ってくれたらいいのに、と思うけれど、そうしないところがBGMの奥ゆかしさかもしれない。
この曲は「ラ・マル・ド・ボァ」のプロモーションビデオのBGMにも採用されており、YouTubeにアップされている。しかし車内で聴いたときの方がずっといい。きっと聴く側の旅への期待や臨場感がシンクロするからだろう。
JR九州の「A列車で行こう」のBGMはジャズ。JR東日本の「伊豆クレイル」やしなの鉄道の「ろくもん」はライブ演奏が行われている。「ラ・マル・ド・ボァ」はBGMとインテリアと車内販売が調和した列車だ。観光列車にとって音楽の演出はとても大切だとあらためて気づかされた。
写真=杉山秀樹/文藝春秋