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プロ人生の危機を乗り越えろ ヤクルト・廣岡大志が味わった“三つの屈辱”

文春野球コラム ペナントレース2019

2019/06/30
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あの日の廣岡大志は、何を思っていたのか……

(……彼は今、どんな気持ちでいるのだろう?)

 神宮球場のライトスタンドで、僕はそんなことを考えていた。6月24日、交流戦最終戦となった対オリックス・バファローズ戦。2対6で迎えた最終回、この回は五番のルーキー・中山翔太から始まっていた。そして、中山が凡打した後に打席に入ったのは、六番の中村悠平。僕はいつもの習慣で、手にしていた双眼鏡で一塁側ベンチを確認する。

 目に飛び込んできたのは、すでにヘルメットをかぶり、バットを握りながらせわしなく身体を動かしている背番号《36》、廣岡大志の姿だった。7回裏に代打で出場したものの凡打に終わり、そのまま守備に就いていた廣岡は、九番打者としてラインナップに名を連ねていた。9回裏ワンアウト、打席には六番打者。彼まで打順が回るためには、最低でもあと二人が塁に出なければならない。それでも廣岡は、「早く打席に立ちたい」という思いを隠すことなく、ベンチ内でウォーミングアップを始めていたのだ。

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 かねてから、廣岡に大きな希望を見出しているからこそ、僕は「ぜひもう一度、彼の打席が見たいな」と切望し、「何とか彼まで回してほしい」と、中村をはじめとする後続の打者に期待した。すると、願いが通じたのか、六番・中村、七番・吉田大成がともにフォアボールを選んだ。これで、ダブルプレーさえなければ九番の廣岡まで回る状況が完成した。

 ここで、八番のマクガフに代わって登場したのが、代打の切り札・荒木貴裕だった。荒木が打席に入ると同時に、待ちかねていたように廣岡がネクストバッターズサークルに勢いよく向かう。荒木がチャンスを拡大すれば、絶好の場面で廣岡に回ってくる。試合は劣勢ではあったけれど、希望と期待がどんどん大きくなっているのを、僕は感じていた。

 しかし、頼みの荒木は三球三振でツーアウトに。それでも僕は、「彼なら、何かをやってくれるはずだ!」という望みを抱きつつ、打席に向かう廣岡の表情を双眼鏡でのぞき込んでいた。……しかし、その瞬間、廣岡よりも先に登場したのは小川淳司監督だった。小川監督は審判に代打を告げたのだ。場内には「廣岡に代わりまして、バッター・西田」のコールが響き渡る。今年の、ここまでの成績を考えたら西田明央を起用するのは、おそらく正しい選択だろう。西田の長打力は本当に魅力的だ。それでも、やっぱり僕は廣岡が見たかった。無限のポテンシャルを感じさせる廣岡が見たかった。

 気合いをみなぎらせながら右打席に向かう西田と、うつむきながらベンチに戻る廣岡がすれ違う。ここまで、まったく結果を残せていないのだから、それは当然のことなのかもしれない。それでも、「廣岡、相当に悔しいだろうな」という思いを、僕は抱かざるを得なかった……。

無限のポテンシャルを感じさせる廣岡大志

今季、廣岡が味わった「三つの屈辱」

 昨年も、今年も、廣岡は開幕スタメンを勝ち取っていた。しかし、昨年はすぐにレギュラーポジションを西浦直亨に奪われた。「今年こそは」の思いで迎えた今シーズンも、やはり西浦がレギュラーを奪い返し、彼が故障で離脱した後も、太田賢吾、奥村展征らがショートを任される試合が続き、廣岡の出番はなかなかなかった。

 今季、廣岡には「三つの屈辱」があったように思う。一番目は4月17日、対阪神タイガース戦。同点で迎えた9回裏、好機で打席に入った廣岡は、ベンチからのスクイズのサインに応えることができず、あえなく三振。サヨナラのチャンスを潰してしまった。試合後には「完全な僕のミス。バントできた球だった」と廣岡は語り、後に小川監督は、「お前を信じてやれなくてすまなかった」と、彼に謝ったという。

 そして二番目は6月4日、札幌ドームで行われた対北海道日本ハムファイターズ戦。10回表、二死一、三塁の場面。マウンドには左投手の堀瑞輝が上がっていた。バッターはプロ3年目の古賀優大。僕は、「当然、代打策だろう」と考え、「廣岡が出てこないかな?」と、淡い期待を抱いていた。このとき、ベンチには右打者では西田もいたし、廣岡もいた。左打者では雄平、宮本丈が控えていた。しかし、ベンチはそのまま古賀を打席に立たせ、結局は得点を挙げることなくチャンスは潰え、チームはその裏にサヨナラ負けを喫した。

 延長戦において捕手を温存することの重要性は理解できるけれど、10回裏からは中村悠平がマスクをかぶり、ショートを守ったのが廣岡だった。試合には出場したものの、この日は廣岡に打席が回ってくることはなかった。仮に代打を出すとしても、この場面では廣岡ではなく、たとえ「左対左」であろうとも、雄平だったかもしれない。豪快な長打が魅力の廣岡ではあるけれど、彼の現在の立ち位置は「レギュラー」どころか、「代打要員」ですらなく、「守備固め」なのだということをまざまざと見せつけられたシーンだった。

 そして、三番目が交流戦最後のオリックス戦での途中交代劇。繰り返しになるけれども、1割に満たない打率であれば、廣岡に代打を出すのはベンチとしては当然の判断だろう。そして、それこそが、現在の廣岡の立ち位置であり、彼が今、直面しているチーム内でのポジションなのだろう。僕はただ、往生際悪く、その現実を直視することを認めたくないだけなのかもしれない。

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