顎関節症の予備軍は「普段から上下の歯を接触している人」
「歯列接触癖(Tooth Contacting Habit=TCH)という“癖”を持っている人が、じつは顎関節症のハイリスク群なのです」と語るのは、フリーの歯科医師、齋藤七海さんだ。
冒頭で触れた「上の歯と下の歯の隙間」の話に戻ろう。人間のあごの骨格は、モノを噛んだり飲み込んだり、喋ったりという行為の際は別として、普通にしている時は上下の歯と歯は接することのないようにできている。たとえ口を閉じていたとしても、上下の歯と歯は1~2ミリ程度の隙間(安静位空隙)を保つようにできているのだ。
ところが、普段から上下の歯を接触させた状態の人がいる。これがTCHで、顎関節症の大きな要因の一つだということが、近年の調査で明らかになってきているのだ。
「TCHは“癖”です。無意識にやってしまうことで、意識して直そうとしても中々直せません。それだけに改善するにも時間と根気が必要になってくるのです」(齋藤七海さん)
“上下の歯を離す”だけで治るケースも
じつはこのTCHが顎関節症の発症要因であることを突き止めたのは、東京医科歯科大学の木野孔司元准教授ら研究チーム。木野氏とTCHの普及に取り組んできたサイトウ歯科院長(東京・渋谷区)院長の齋藤博さんが解説する。
「顎関節症患者を対象としたアンケート調査で、TCHの人が過半数を占めていることが分かり、歯を接しないようにするトレーニングをしたところ大半がよくなった。顎関節症というのは決して甘く見ることのできない病気で、中にはこれが原因でうつ病になったり寝たきりになる人もいる。そんな厄介な病気が、“上下の歯を離す”だけで治るケースが多いことが分かったのです」
従来は「食いしばること」や「噛み合わせの悪さ」を原因と考えられてきた顎関節症。しかし、食いしばりを防ぐためのマウスピースを使ったり、噛み合わせを矯正するために歯を削るなどの治療をしても、肝心の「あごカックン」が治らない人は一定数いた。その理由がTCHである可能性が高いということなのだ。
「しかも、TCHはつねに弱いながらも上下の歯を“揺する”力を加えているので、歯の根元が緩みやすく、これが歯周病の原因にもなっているのです」
そう語る齋藤博さんによると、人間が本来上下の歯を接している時間は、全部を足しても20分程度に過ぎないという。これ以上の時間、上下の歯が接していると、それは歯にとって過剰な負荷を積み重ねていることになり、その影響が顎関節症や歯周病などにつながっていく、というわけだ。