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「安倍首相は『ファシズム』の誘惑に勝てるか?」佐藤優が警鐘を鳴らす理由

2019/06/06
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もはや魅力を失った共産主義

 1991年12月に崩壊したソ連が、どれだけマルクスが考えていた共産主義社会に近かったかについてはさまざまな議論がある。しかし、あの体制において労働力商品化が廃棄され、官僚制中央統制経済によって資本主義と異なる国家運営がなされていたことは間違いない。共産党の一党独裁、マルクス・レーニン主義イデオロギーの強要、秘密警察による監視によって、国民が国家の暴力的圧迫の下で強制労働に従事させられたといえよう。ソ連崩壊後、マルクス主義的共産主義を建前上、原理とする国は、中国、ベトナム、キューバ、北朝鮮の4カ国になってしまったが、中国とベトナムは経済的には資本主義への転換を遂げた。キューバと北朝鮮は、政治的、経済的に行き詰まっている。欧米や日本には、反スターリン主義を掲げる新左翼運動も残存しているが、広範な人々を惹きつける魅力はない。

 一方、国家の介入によって、資本家が蓄積した富を再分配させ、労働者にストライキ権を認めず、生産性向上を志向するファシズムは、21世紀の現在も生命力を失っていない。ここで注意しなくてはならないのはイタリア型ファシズムとドイツのナチズム(民族社会主義)を区別することだ。ナチズムもファシズムの一類型だ。しかし、それはゲルマン民族を中心とするアーリア人種の優越性という根拠のない神話に基づいていた。さらに「血と土」というドイツの土着の信仰が加わった。ナチズムは荒唐無稽なイデオロギーなので、ドイツ人が居住するドイツ、オーストリア、チェコのズデーテン地方以外には伝播力を持たなかった。

イタリアのファシズム指導者ムッソリーニ ©getty

ピケティはファシズムと相性が良い

 これに対して、イタリア型ファシズムは、国家介入によって資本家の利潤を社会的弱者に再分配し、戦争によって外国を侵略し、そこから収奪した富で自国民を豊かにするという民族や文化にとらわれない普遍的な社会理論の性格を帯びている。日本のリベラル派は、国家介入によって富裕層から税をより多く取り立て、社会的再分配を実現することを主張するトマ・ピケティ『21世紀の資本』(みすず書房)を礼賛したが、この主張はファシズムとの親和性が高い。主流派経済学の教科書では、厚生経済学の分野で「パレート最適」についての説明がなされている。ローザンヌ学派(スイス)のヴィルフレド・パレートが提唱した理論だが、パレートはイタリア人でムッソリーニの経済政策に強い影響を与えた。第二次世界大戦前、パレートはファシズムの経済学者と認識されていた。それが現在では、福祉国家の理論家であると評価されているのである。ファシズムと福祉国家の間にも親和性があるのだ。

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 日本でも格差の是正と国家統合の強化が焦眉の課題となっている。安倍晋三首相によって日本をファッショ国家に転換するのは可能であろうか? 「不可能だ」というのが、政治学者・片山杜秀氏と私の見方だ。この点について『現代に生きるファシズム』では、片山杜秀『未完のファシズム─「持たざる国」日本の運命』(新潮選書)で展開された日本ファシズム論を導きの糸にして、踏み込んだ議論を行っている。

INFORMATION

佐藤優×片山杜秀トークライブ
「令和時代を生き抜くために」​

2019年6月24日(月) 19:00開演(18:30開場)

紀伊國屋ホール (紀伊國屋書店新宿本店4F)

◎一般チケット 1000円(サイン本付きチケット 1900円)

チケット購入・​詳細は以下より。
https://www.kinokuniya.co.jp/c/label/20190424103000.html

「安倍首相は『ファシズム』の誘惑に勝てるか?」佐藤優が警鐘を鳴らす理由

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