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インターネットの光と影

“個人”を描くために、まずはネット上の書き込みが世間を賑わせた事例を洗った。2000年、匿名掲示板「2ちゃんねる」に犯行予告を書き込んだ末に、西鉄バスジャック事件を起こした当時17歳の少年や、2016年に「保育園落ちた、日本死ね」と記された匿名ブログの投稿で、国会を巻き込むムーブメントを起こした火付け役の特定など、取材を進めた。いずれもインターネットの光と影が色濃く反映された現象だったが、過去の事例では、日々刻々と変化した平成の“情報空間”を捉えきれないと感じた。

 例えば、見たい情報だけが表示される機能が当たり前となったいまでは、人々が自分にとって都合の良い情報しか信じない「フィルターバブル」という現象が生まれている。マスメディアが発信する情報は、異なるそれぞれの立場から「フェイクニュース」と指摘され、社会の溝は深まるばかりで為す術もない。これから先、私たちはどんな世界に足を踏み入れてしまうのか、その解を探りたかった。

『新潮45』とはまったく異なる、堂々たる幕引き

 そんな中、ひとりの若者が現れた。今年1月、『週刊SPA!』が掲載した「ヤレる女子大学生RAKING」という記事を巡って、実名で声を上げた国際基督教大学(当時)の山本和奈である。抗議の意志を届けようと「Change.org」というサイトで、10日間で5万を超える署名を集めていた。

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 ここまではSNSが普及したいまでは、よくある話かも知れない。しかし、山本が違ったのは、週刊誌を敵視するのではなく、編集部に直接対話を求め、議論を深めたことだった。SNS上には「『週刊SPA!』を廃刊にすべきだ!」という声が溢れていたが、山本は、昨年秋にLGBTの記事を巡って廃刊した『新潮45』を意識して、「炎上させて終わらせるのではなく、なんとか形にしたい」と考えたという。

対話前のミーティング ©NHK

 山本は、その過程をすべてインターネット上に公開。対話に臨むためのミーティングの映像や、編集部との対話の速記録まで、SNSにアップしていた。内容を確認すると、編集部を追及するのではなく、なぜ該当の記事を掲載するに至ったのか、異論は出なかったのか、など編集部内の構造的な問題を明らかにすることに時間を割いていた。最後に、山本はこの異例の対話について、週刊誌上で自由に特集を組んで欲しいと編集部に依頼し、編集部も検証記事を掲載して問題を掘り下げたのだ。

 それは、山本が望んだように、廃刊した『新潮45』とはまったく異なる、堂々たる幕引きだった。タイムリーな問題提起や、相手を煽ることなく本質を掘り下げたアプローチ、そして対話内容の公開など一連の行動は、本来であれば、私たちマスメディアが担う役割ではなかったか、と改めて気づかされた。