国鉄では「鬼の動労」を率いて暴れ、分割民営化後は経営陣に深く食い込んで「JRに巣くう妖怪」と呼ばれたJR東日本労組の元委員長、松崎明。その一筋縄では行かぬ生涯を追うとともに、彼と手を結んで人事や経営への介入を許し、翻弄され続けたJR東日本の30年にわたる裏面史を描いた大著である。
松崎が、極左組織「革マル派」の副議長を長く務めた最高幹部だったことは、広く知られる。敵対組織に「潜り込み」、内部から「食い破る」運動理論は、国鉄改革で実践される。強硬な反対から突然賛成に転ずる「コペルニクス転換」を演じ、革マル派からの離脱を宣言。だが、これは組織を温存し、JR各社に浸透するための偽装だった。「悪天候の中、メンツで山登りするのは愚か者」と語った松崎の演説は示唆的だ。
そして新会社が発足すると、JR東経営陣を籠絡し、労使協調を超えた「労使対等」を認めさせる。松崎の脅迫や工作に幹部が屈した結果だと長年見られてきたが、元社長の松田昌士(まさたけ)は、本書で驚くべき“本心”を語る。「松崎は革マル派だが、一切迷惑はかけないと誓った。その言葉を全面的に信頼した。彼は情と決断力のある人間だった」と。
労組の専横を排除しようと決起した「国鉄改革三人組」の一人だった松田の、にわかには信じ難い変節。これこそ、「天使と悪魔が同居する」と言われた松崎の人心掌握術だろうか。
一方で、反旗を翻す者や批判する者には、遠慮なく「鬼」の形相を見せた。
松崎支配を批判し、別組織を設立したJR西や東海の労組、その背後にいた経営陣を激しく攻撃。「葛西、君と闘う」と宣戦布告された東海の葛西敬之(よしゆき)は、不倫密会を尾行・盗撮される。東労組を脱退した組合員は徹底的にいじめ抜かれ、退職に追い込まれた。
メディアも標的になった。批判キャンペーンを張った週刊文春はキヨスクで販売拒否され、後に続いた週刊現代は50件もの訴訟を起こされる。この「平成最大の言論弾圧」を通して、JR東労組批判はマスコミのタブーになっていく。
だが、絶対権力者となって労組を私物化し、革マル派の創始者である黒田寛一をも批判するようになった松崎の姿に、長年の同志も次々と離れてゆく。自らの独善に気づけず、「小スターリン」と化した松崎は晩年、寂しい句を詠む。生涯をかけた戦闘的労働運動も、気がつけば「涸れ谷」になってしまった、と。
本書は、一人の労働運動家のピカレスク的な読み応えのある評伝であると同時に、戦後日本を席巻し、平成の30年をかけて終焉に向かっていった昭和型労働組合の栄枯盛衰をたどったクロニクルでもある。
そして、若き日に国鉄改革に立ち会い、ライフワークとして日本の鉄道史を掘り起こしてきた社会部記者が、積年の懸案を果たした“画竜点睛”の書である。
まきひさし/1941年、大分県生まれ。64年、日本経済新聞社入社、東京本社編集局社会部に所属。サイゴン・シンガポール特派員、89年、東京・社会部長。その後代表取締役副社長を経て、テレビ大阪会長。著書に、『「安南王国」の夢』、『昭和解体』など。
まつもとはじむ/1970年、大阪府生まれ。新聞記者を経て、フリーライターに。著書に『軌道』『誰が「橋下徹」をつくったか』など。