条約の「例外」対象者が無限に拡大された
1990年代初頭に初めて両国間の外交問題として浮上して以降、両国の最大の懸案となった慰安婦問題において、繰り返し「財団」方式による解決案が模索されたのもこのような対立の「構造」の結果だった。
つまり、議論の対象となっている範囲が狭く、仮にそこに何らかの金銭の支払いを行っても、これを条約の「例外」として処理できるなら、日韓両国、とりわけ請求権協定により過去の問題はすべて解決済みとする日本政府は、自らの見解を変更することなく、これを実行できる。何故なら、その補償によって両国関係の改善による経済、あるいは安全保障上等の利益が得られるなら、条約上の義務がなくとも追加的に補償を行うことは、少なくとも理屈の上では不可能ではないからである(日本政府が条約上の義務がないのに支払いを行った実例として、在日韓国人元日本兵や台湾人元日本兵への補償がある)。
しかしながら、昨年10月の大法院判決は、このような大前提を破壊した。この判決が用いた論理は、上記のような植民地支配における追加的補償の対象となる当事者の範囲を無限に拡大するものであったからである。事実、韓国国内では先の大法院の判決を受けて、各地の弁護士らが、日本統治期に労働者として動員された人々やその子孫を探す動きが始まっている。大法院が判決を出した以上、続く裁判においても、同様の判決が出される可能性が極めて高く、弁護士らにとっては「ほぼ必ず勝てる裁判」になるからである。こうして韓国では多くの追加的提訴がなされ、またなされる準備が着々と進められている。
「徴用工問題はそっとしておきたい」――韓国政府の本音
当然のことながら、韓国政府もこのような状況はよく把握している。韓国政府が「徴用工」判決以降、政権ナンバーツーに当たる国務総理の下で行った検討会で、一時期は真剣に議論された「財団」案は、1月に入り、「財団案など問題外だ」とする大統領府の関係者の発言により否定された。その理由は、そもそも「財団」設立が、さらなる「戦時動員労働者の発掘作業」を刺激して、事態が大きく拡大することを恐れたからであった、と言われている。
また、韓国政府が自らの手で「財団」を設立すれば、誰が補償の対象となるか、またその補償の金額がどれくらいになるか等は、すべて韓国政府が決めなければならない。資金が不足し、補償が不十分なら、当事者たちの不満は「財団」を運営する韓国政府へと向かうことになるだろう。それはもはや韓国の国内問題であり、これらの問題を避けるためにも、できれば「徴用工」を巡る問題はそっとしておきたい、というのが当時の彼らの本音と言えた。
韓国政府が「徴用工」判決以降も、この問題に対して積極的な行動をとってこなかった背景には以上のような状況があった。しかしながら、並行して日本政府が、請求権協定に基づく申し出を行ったことで事態は変わった。