当事国には協議手順に従う義務がある
議論の的になっている請求権協定には、当事者の解釈が分かれた時にどう解決すべきかが書かれている。つまり、最初は外交的協議を行い、これが駄目であれば、両国が協議して仲裁委員を選ぶ。期限が決められており、当事国は30日以内に自ら仲裁委員を選定しなければならない。そして両国が選んだ仲裁委員がさらに30日以内にもう一人の仲裁委員を選ぶことになる。
ここにおける仲裁とは法的用語であり、仮に仲裁委員が決定を下せば当事国はこれに従う義務を負う。この両国による仲裁委員選定が失敗すれば、そこから30日以内に両国は各々第三国を選んで、この二つの第三国に仲裁委員の選定を任すことになる。
重要なのは、これが条約上に定められている協議の手順であり、当事国にはこれに従う義務があることである。しかしながら、日本政府が初めて韓国政府に対して外交的協議を求めた1月9日以来、韓国政府は日本政府からの要求に何らの反応も示してこなかった。日本政府は進んで5月20日には、二つ目の手順である仲裁委員選定の申し入れを行ったが、韓国政府はこれにも反応を示さなかった。そうして、期限である30日目を超えた6月19日、日本政府は最後の手順である、第三国による仲裁委員選定の申し入れを行った。
その同じ6月19日、韓国政府はこれまでの日本政府の要請にようやく答える形で、冒頭に述べた、日本側が「財団」方式に関わる協議を受け入れるなら、請求権協定に規定された外交的協議に応じても良い、という回答を行った。つまり、それは外交的協議から日韓両国による仲裁委員選定、さらにはそこからさらに進んだ第三国による仲裁委員選定という3段階目まで進んでいた日本側の提案を1段階目の外交的協議の段階まで戻そうというものであり、さらにそれに「財団」案を協議する、という条件を付けた形になっている。
とはいえ、協議に際して条件を付ける韓国政府のやり方は、残念ながら誠意のあるものと見ることはできない。第一の問題は、請求権協定に規定された外交的協議の手順は、当事国にはこれに従う義務があり、その手続きに入るに当たり、一方的に条件を付けることなどあり得ないからである。それは例えて言えば、交通事故を起こした当事者が他方の当事者に対して、事故処理で警察に通報するのに条件を付けるようなものである。警察官に通報するのは義務であり、それを一方的な条件をつけて拒否するなら、それは「当て逃げ」と呼ばざるを得ない。
アリバイ作りのためだけに再浮上した財団案
第二の問題は、そもそも韓国政府自身が認識している「財団」方式の問題点が、何も解決されないまま提案に至っていることである。言うまでもなく日本国内では2015年の慰安婦合意の後に作られた「和解と癒やし財団」が韓国政府により一方的に解散されたことによる、歴史認識問題の解決方法としての「財団」方式への不信が渦巻いている。これらの問題の解決なくしては、韓国側の「財団」提案が日本側に受け入れられ、両国の交渉の正式なアジェンダに乗る筈がない。
一言で言うなら、韓国政府は日本政府が受ける可能性がないことを承知で、「財団」方式の提案を行っていることになる。そしてそれは自らが「何もしてこなかった」ことに対する一種の国内世論向けのアリバイ作りであり、「財団」提案はそれ以上の意味は有しない。