同性婚支持をいちはやく表明した“しなやかさ”
カメラマンの頼建志(25)は、史明のしなやかさ、精神の若々しさに敬愛の念を禁じ得ないという。台湾では今年5月、アジアで初めて同性婚が合法化されたが、「感動したのは、高齢の知識人たちが慎重姿勢を崩さなかった中、史明さんがいちはやく『誰にでも自分の幸せを追求する権利がある』と語って、同性婚支持を表明したことだ」(頼建志)。
台湾独立についても史明の柔軟な考えに共感するという。
「今の史明さんは『やみくもに独立を叫ぶだけでは実現できない、国民党系の市民もうまく巻き込み、まず“台湾人”として大同団結しなければ始まらない』と主張している。
昔はテロも辞さない武闘派だったから、先入観で史明さんを怖れる人が多いのも事実。ただ実際の彼は、ゴリゴリの独立原理主義者よりも考え方がよほどしなやかだ」
蒋介石も国民党の独裁も知らない若者たち
とはいえ台湾独立への道のりは依然として険しく、現状はむしろ遠ざかっていると感じる人も少なくない。
中国と距離を置く民進党、さらに蔡英文総統を警戒する中国は、台湾への締め付けを強めている。中国経済に依存した台湾社会への影響は深刻で、独立よりも「中国との関係回復を目指すべきだ」「これ以上、中国を刺激してもプラスにならない」「あいまいな今のままでいいじゃないか」と考える人はかなり多い。こうした人びとは、来年の総統選を戦う国民党の高雄市長・韓國瑜の支持基盤にもなっている。
高校教師の高健維(35)によると、1990年代以降の生まれで蒋介石も国民党の独裁も白色テロも知らない若者たちは、多くが現状維持を望んでいるという。
「『天然独(生まれながらの独立派)』と呼ばれるこの世代にとっての中国は、物心がついたときからよその国。台湾は事実上、独立しているから『いまさら台湾独立か中台統一かを主張するのは古臭い』と考えがちだ」(高健維)
前出の頼建志も「天然独は中華民国が台湾であることにも、われわれが未だに中華民国の国旗や国歌を使っていることにも、台湾が国連に加盟できないでいることにも、何ら矛盾や抵抗を感じない。この状態しか知らないからだ」と話し、同世代の現状維持派にまず、危機意識を持たせることが重要と力説する。
「最大の脅威は台湾人自身かもしれない」
テレビ局ディレクターの陳弘韋(38)は、初めて史明に会ったとき、史明が繰り返し「台湾のことは台湾人が決めよ、台湾の進むべき道筋をつけるのは台湾人だけだ」と強調していたのが印象的だったという。
「台湾にとって最大の脅威は、もしかしたら中国ではなく『自己国家自己救(祖国は俺が救う)』の精神を放棄した台湾人自身なのかもしれない」と話す陳弘韋だが、「講演会場は台湾独立運動についてよく分かっていない天然独たちもたくさん席を埋めていた。史明さんのメッセージが、彼らの台湾人意識を呼び醒ます契機になれば」と期待をこめる。