まっすぐな瞳で魅了する究極の“人たらし”
「握手をしてもらいながら、史明さんの瞳に吸い込まれそうだった」と頬を紅潮させつつ語るのは、国立政治大学の楊婉瑩(22)だ。心理学を専攻する彼女によると、まっすぐで濁りのない史明の瞳は、理想に向かってひたむきに走り続ける生き様と重なるらしい。
史明は左目の視力を失っているが、時には射るように鋭く、時には慈愛に満ちた眼差しで相手を見据える。言ってみれば史明は究極の“人たらし”。その柔らかく温かな掌で手を握りしめられつつ「お前しかいない」「君が頼りだ」と語り掛けられれば、魅了されない者などいないからだ。
「とにかく格好良かったから、モテたわ。背が高くて男前で、気前が良くて、チャーミングで、インテリで」
陳水扁政権(2000~08年)で総統府国策顧問を務めた評論家・金美齢は目を細めながら、東京で台湾独立運動に邁進していた時期の史明を振り返る。美齢は戦後、東京で台湾独立活動に身を投じ、結婚式では史明が親代わりをつとめた。
美齢はドイツ人ソプラノ歌手、エリーザベト・シュヴァルツコップが東京で開いたリサイタルに史明を誘ったことがあるという。史明は早稲田大学留学時代に8000枚ものレコードを蒐集したほどのクラシック音楽マニア。たちまちシュヴァルツコップの美声の虜になった彼は、彼女の音源を買い漁るようになった。
「彼はモテたわね。女の人に」
台湾独立のため危険と隣り合わせの地下活動に身を投じる一方、クラシックやオペラ、バレエ、京劇、歌舞伎、能をこよなく愛する史明が、多くの女性たちの熱視線を集めたのは想像に難くない。
史明と20年以上、苦楽を共にした事実上の妻、平賀協子(2017年死去)も、別れた直接の原因について「女性問題」と断言。「彼はモテたわね。女の人に。気前がいいしね。私の知らないところでいっぱいやっていますよ」と吐露している。そして100歳を超えた老革命家の家には今も、ボランティアを買って出た“史明ガールズ”とも言うべき女性たちが三々五々出入りし、甲斐甲斐しく世話に勤しんでいるのだ。
史明の革命一代記はじきに終焉を迎える。だが史明の精神を受け継いだ若者たちが将来、台湾で責任ある役割を果たしていくことになるのは間違いないだろう。
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#1 「台湾は世界に残された最後の植民地だ」100歳の独立運動家が
https://bunshun.jp/articles/-/12835
写真=田中淳
INFORMATION
今、なぜ台湾の若者たちは老革命家に魅せられるのか──史明の講演に密着したNHKは、若者たちの証言から100歳の革命家を浮き彫りにする。
NHK BS1『国際報道2019』7月17日(水)22:00
https://tver.jp/episode/60501128