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イギリスは「失われた10年」を迎えるのか? 新首相ジョンソンめぐる3つの論点

――ボリスの隘路

2019/07/24
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EUは折れるだろうと、ジョンソンは考えているが……

 当面のジョンソンの最優先事項は、10月末のデッドライン前にEUを離脱することである。そのため、メイ合意案を都合よくつまみ食いし、北アイルランドの国境については、バックストップを認めない新合意案をEUと結びたい。「するか死ぬか」の覚悟で合意を迫れば、10月末のデッドラインが近づくにつれ、EUは折れるだろうと、ジョンソンは考えている。

 しかしながら、EU側は、せいぜいバックストップについて期限を設けたり、離脱への移行期間を延ばしたり、いくばくかの懐柔は試みる可能性はあるものの、基本的にメイ内閣と合意した離脱案について態度は硬く、もともとジョンソンへの不信が強いことから、再交渉の余地はあまりないと言ってよい。

イギリスの首相公邸であるダウニング街10番地 ©iStock.com

 この10月末をめがけて、いまから様々なシナリオが想定しうる。ジョンソンは、EUの柔軟さの欠如を指弾し、ただただデッドラインに向かって無策を貫き、どうせしばらくすれば交渉のテーブルに皆戻るよと、強硬離脱に突っ込んでいくかもしれない。そう見せかけ、当面の関税や人の移動などにつき、EUと最低限のミニ合意をデッドライン直前に締結し、「管理された強硬離脱」をしようとするかもしれない。

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 しかし、そのような首相を前に、英議会が黙っているとも思えない。強硬離脱に向かうと感じるやいなや、就いたばかりの首相に不信任を突きつけるかもしれない。同様に、「管理された強硬離脱」の場合には、ミニ合意に議会承認が必要となることから、そこで首相の手を縛り、離脱期限をさらに延期する可能性もある。

ジョンソンは予見可能性が低い機会主義者で知られている

 新首相側が、そうした動きを逆手に、国民に聞いてみたいと、与野党合意の上、急遽総選挙に打って出る可能性もある。その結果によっては、EUとの交渉の行方も大いに変わりうる。保守党が権力を維持する場合、EUとの再交渉もありうるが、他方労働党内閣ないし労働党と自由民主党との連立内閣になれば、離脱はしても単一市場に残るシナリオから、残留にむけて再度国民投票を実施する展望まで、保守党政権とは全く異なる将来が開けるかもしれない。

「英国のトランプ」と評する向きも…… ©getty

 したがって、この段階では、どうなるか予想するのは困難である。その困難の最大の要因は、新首相のジョンソンその人である。ちょうど、アメリカにおいてトランプ大統領が最も次の手が読めないように、ジョンソンは予見可能性が低い機会主義者で知られている。のみならず、首相職にふさわしい判断力や人格を備えているのかどうか不安視する向きが多い。もとから失言の多さは群を抜いていたが、英外相のポストにあったとき、訪問相手国との(英国にとって)不都合な真実を知らされると、彼は耳をふさぎ、英国国歌を歌いだすことがあったと、英外交筋が漏らしている。

 唯一確実なのは、夏を終えて10月に近づくにつれ、ふたたびロンドン発のニュースが衆目を集めることである。世界市場にも大きな影響を及ぼす一連の動きを、注視したい。

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