台湾を好きになった理由
――そして『路(ルウ)』(12年刊/のち文春文庫)。これには台湾に日本の新幹線を走らせるというプロジェクトに関わる人たちが登場する、長年にわたる群像劇。吉田さんは台湾好きとしても有名ですよね。
吉田 台湾、好きですね。ただ、それこそ外国人を主人公に書くのはハードルが高かったですね。その上、ある意味、人の一生の話を書いていくというのもはじめての試みでしたし。
――これまでにいろんな国を旅されていますが、なぜそこまで台湾を好きになったのでしょうか。
吉田 無理やり理由をつけると、たぶん故郷の長崎にちょっと似ているんだと思う。気候とか湿気の感じとか。ただ、好きになるのに理由ないでしょ? 嫌いになる方ならあるけど。あと、台湾の人が好き。これは大きな理由ですね。最近回数は減ったけれども、年に1回は行っているのかな。
――『路(ルウ)』の翻訳が出た時は1週間ほど台湾にいてサイン会や各メディアの取材を受けて大変盛り上がっていましたよね。
吉田 サイン会は、これまでにソウルと台北でやらせてもらったけれど、やはり嬉しいもんですよ。ソウルは初めて行ったのが2006年だったのかな。『ランドマーク』(04年刊/のち講談社文庫)で行ったんだけれども、その前に『パレード』の評判が良かったらしくてその作家が来る、ということで……。もちろん吉本ばななさんや村上龍さんのようにすでに韓国でもすごく人気の人はいたけれど、今みたいに日本の小説がどんどん訳されている時期ではなかったので、驚きました。
――その次が『愛に乱暴』(13年新潮社刊)。新聞連載時は『愛の乱暴』だったのを、単行本化の際に『愛に乱暴』に変えたんですよね。確かに人間たちが“愛”というものに乱暴なんだ、という意味合いが出てきたほうがしっくりきます。これは主婦の日常ですが、夫に浮気されている主婦の日記と、愛人の日記とが出てくる、風変りな作りで。
吉田 実はその日記のからくり、担当編集者の夢なんです。「夢の中でずっと日記を読んでいたら、こういう感じだったんですよ、びっくりしちゃって」という話をずっと前に聞いて、それがこういう小説になったんです。
――へええー。主人公の主婦がなぜかチェーンソーを買うという、謎の行動をとったりもしますが、これは。
吉田 ここ数年、なんか、憑依型なんですよ。前は書いている作品と自分の間に距離がわりとあったんです。でも『愛に乱暴』なんかは、書いている間、主人公の桃子になりきっているわけです(笑)。なので、チェーンソーを買う場面を書きながら、なんでこんなもん買っちゃうんだろうと普通に思いながら書いていました。書いているのは自分なのに。それで言うと、今は『ウォーターゲーム』でスパイの話を書いているわけだから、もう、ものすごい全能感なわけです(笑)。『太陽は動かない』の時もそうだったんですが、なんでもできる気がしているから、依頼の来た仕事を全部引き受けちゃうんですよ(笑)。冷静に考えると到底できるわけがないのに。
その上、さっきも言ったように横跳びで前に進むもんだから、全能感満載のスパイの時に受けた仕事を、新しく創刊される『小説BOC』という雑誌で連載する物語のダメ男な主人公がやることになる。
最悪なのが、このダメ男がなんと横道世之介だったりするんです(笑)。だから、スパイが引き受けた仕事を、横道世之介がやるという(笑)。今は完璧にダメ男になっているから、朝起きた時からもうダメで、十数年ぶりかにパチンコに通ったりして、ボケーっとしていて。スパイを書いている時なんか午前中からジム通ってたんですよ(笑)。