――『横道世之介』はどうでしたか? 大学進学で上京してきた世之介くんの日常が描かれますが、舞台がバブルの頃で、吉田さんが同じように大学進学で上京してきた頃なんですよね。愛らしくて笑える物語。
吉田 設定は同じですけれど、世之介と自分は全然違いますしね。やっぱり自分ではない何かを書くという意味では同じようにチャレンジです。ただ、『世之介』に関しては、本当にその世界観が近しいので、他の作品よりも素で書けるんですよね。
――人なつこくてお気楽な世之介のほうが、普段の吉田さんに近いわけです。でもこれも実際にあった事故にもとづいたエピソードが出てきて、胸をつかまれました。あの事故は心に引っかかっていたんですか。
吉田 事故を知って、ものすごく物語が浮かんだんだと思うんですよね。人を助けにホームから線路に降りるという行動をした人のことですけれど。
でも、なんか、こうして書いてきたものを振り返ってみると、自分はつねに前に跳ぶんじゃなくて、横に跳びながら進んでいくんだなあと思いますね。だって、『悪人』の次に『横道世之介』なわけだから。
――次に書くものは、今書いているものと全然違うものを書きたくなる、ということですよね。じゃあ『平成猿蟹合戦図』は最初どこに着目したんですか。いろんな人が絡まりあって、なぜか歌舞伎町のバーテンダーが選挙戦にうって出るという展開になっていく。
吉田 出発点は五島列島ですよね。五島に『悪人』のロケの見学に行ったときに、みんなで地元のスナックに入ったんです。そこに女の子がいて。その子が、歌舞伎町に子どもを連れて出てくるという、冒頭に出てくる女の子につながっています。
――一方、『太陽は動かない』(12年刊/のち幻冬舎文庫)はエンターテインメントに振り切った、スパイ小説ですよね。のちにエピソードゼロの『森は知っている』(15年幻冬舎刊)も刊行されています。
吉田 これは確かにエンタメです。他の小説は純文との区別なく書いてきていますが、これに関してはありますね。『パレード』から10年、幻冬舎の担当者に渾身の作品を渡したいと思っていて、そうなるとなかなか納得がいく作品が書けず、10年の間、何作も書いては自分でボツにしていたんです。とにかくどうせやるんなら、『パレード』を超えたいというのがあったんだと思います。
ただ、書き始めたきっかけはエンタメとは対極のところにあったんですよ。ご存じだと思いますけど、大阪で子どもが母親に閉じ込められて餓死した事件、あれを書こうと思ったんです。それで、担当には「かなり暗い話になると思います」と言っていたんです。ルイ・マルって知っていますか。
――はい。映画監督です。『さよなら子供たち』とかの。
吉田 そう、ああいう映画のイメージになると思うから、そういうイラストを探してきてください、と言っていたくらいで。なのに2か月後には、ああいうスパイ小説を書いていたんですよね。何度も何度も書き直して、そうこうしているうちに、そこから一気にエンタメの方向に。
なぜかと言うと、まず、あの事件で亡くなった子どもたちのことをかわいそうだと思っている時点で違うと感じたんです。それで書き方を変えようと思ってその子になりきってみたんです。本気で。最近はわりとそういう書き方が多いんですよ。閉じ込められて餓死するという時の気持ちになってみる。必死に想像してみる。すると、悲しいとかかわいそうとか、そういうことじゃなくて、やっぱり外に出て遊びたい、って思えてきたんです。だって男の子ですよ。船に乗りたい、車に乗りたい、空を飛びたい、そんな気持ちでいっぱいになってしまって。ああ、これなんだと思った時に、スパイの話にしようと思ったんです。
――だから船に乗って車に乗って飛行機乗って、アクションたっぷりの物語になりましたね。主人公の鷹野は好きなキャラクターですか。続編まで書いたということは。
吉田 個人的には大好きな作品ですね。今、第3部も書いているんです。『ウォーターゲーム』というタイトルで、完結編のつもりです。『太陽は動かない』の4年後という設定で、鷹野が35歳になって、ラストミッションに挑みます。今連載中だから、刊行は来年になるんじゃないでしょうか。