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キノコ雲に“憧れる”米国人は、原爆のリアルを今も知らない

2019/08/06

 1945年8月6日、米軍による広島への原子爆弾投下により被爆し、のちに原爆症で亡くなった少女、佐々木禎子さんの物語をハリウッドが映画化する。その主役が白人女優と報じられ、「ホワイトウォッシュ」だとする批判が起きている。他方、アメリカは日本を世界唯一の被爆国とした国でありながら、自国民に原爆と被爆者の実態を伝えてこなかった歴史もある。本稿ではその2点をリポートする。

原爆を取り上げたハリウッド映画が炎上した理由

 広島の平和記念公園にある「原爆の子の像」のモデルとして知られる佐々木禎子さんを描く映画、『One Thousand Paper Cranes』(千羽鶴)の主役にアメリカの白人女優エヴァン・レイチェル・ウッドが抜擢されたと、アメリカの舞台映画情報の専門誌ヴァラエティが今年5月に伝えた。

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 佐々木禎子さんは1945年の広島での被爆時はわずか2歳だった。幸いにも健康に育ったはずが、のちに原爆症と呼ばれていた白血病に倒れ、12歳で亡くなっている。8ヶ月に及んだ入院中、禎子さんは「千羽の鶴を折ると願いが叶う」と信じ、病をおしてひたすらに鶴を折り続けた。

 その甲斐もなく禎子さんは亡くなるが、級友たちの努力により平和記念公園に禎子さんをモデルとした「原爆の子の像」が建てられ、千羽鶴は平和の象徴として国内外に広く知られることとなった。

 禎子さんの物語は多くの作家によって書かれているが、世界的に最もよく知られるのは、カナダ系アメリカ人の児童文学作家エレノア・コア(1922-2010)の『サダコと千羽鶴』(Sadako and the Thousand Paper Cranes)だ。

「世界中の子供にサダコの物語を伝えたい」

 カナダ生まれのコアはアメリカの大学に進み、やがてアメリカ人外交官と結婚する。夫の赴任に同行して世界各国に暮らし、日本に滞在した時期もあった。

 コアは高校時代に日系人の親友がいたことから日本文化に興味を持っていたと伝えられている。そんなコアは、日本に暮らすうちに禎子さんのことを知り、自身が幼い子を持つ母親でもあったことから「世界中の子供にサダコの物語を伝えたい」と『サダコと千羽鶴』を1977年に上梓している。  

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 ただし、コアの『サダコと千羽鶴』は事実に基づきながらもあくまでフィクションである。たとえば、禎子さんは亡くなるまでに1,000羽以上の鶴を折っているが、コアの作中では1,000羽を折り切る前に亡くなり、残りは友人たちが引き継いで折ったことになっている。

 映画化に際し、ストーリーにはコアの作品だけでなく、在米の日本人牧師タカユキ・イシイが英語で執筆し、1997年に出版した『千羽鶴』(One Thousand Paper Cranes: The Story of Sadako and the Children's Peace Statue) も取り入れられている。コアの作品が小学生を対象としたフィクションであるのに対し、イシイの作品は中学生対象のノンフィクションであり、コアの作品にはない原爆投下直後の様子が盛り込まれている。