二〇一四年のイスラエル対パレスチナの戦い、ガザ紛争。イスラエルは軍事力で圧倒したが、国際的な世論では「負けた」。要因は十六歳のパレスチナの少女によるツイッターだった。
「生まれてから、三度の戦争を生き抜いてきました。もうたくさんです」
少女は紛争の間、イスラエル国防軍の恐ろしさを写真とともに発信し続けた。
「これはうちの玄関の前で爆撃された車です」
「子どもを空爆してはいけないとただ世界に伝えて」
著者はこう指摘する。
〈軍事的な次元で相手を圧倒すればするほど、情報戦では不利な立場に追い込まれたのである〉
現代は情報戦、という常套句はしばしば使われてきたが、いまや本当の戦争において情報戦が展開されている。現場の多くはツイッターやフェイスブックなどのソーシャルメディアだ。
英国のジャーナリストである著者は、この十年ほどの戦争を観察する中でネットで強大な力をもった個人が登場し、事態を動かしていることに気がついた。
ウクライナでは二〇一四年の騒乱時、反政府デモが起きた。その後、休職中の企業重役の女性がフェイスブック上で反政府活動の運営に携わり始めた。当初はデモ参加者のために資金を集め、医薬品を購入する程度だった。だが活動が発展すると、戦闘機の修理費、ロケットランチャーを搭載した輸送車両の購入資金の調達と大掛かりになった。
〈彼らは事実上、仮想国家になったのである〉
問題を悪化させる勢力もある。ロシアの大卒まもない男性は三ヶ月半の間、雇われて嘘のニュースを書き続けた。オバマ米大統領の発言を「ウクライナは戦争で統一されるべきだ」と加工したのもその一つ。その数ヶ月前、マレーシア航空の旅客機が親ロシア派の勢力によって撃墜された。ロシアは虚偽ニュースの大量発信で撃墜事件を混乱させようとしていたのである。
逆に、ネットの情報から真実を探る人もいる。英ロンドンに住む三十代後半の男性は、マレーシア機撃墜がロシア軍がウクライナの親ロシア派勢力に供給した地対空ミサイルによるものと突き止めた。グーグルマップ、ツイッターの呼びかけと画像解析。そんな既存の技術ばかりで、ロシアの虚偽を暴いたのである。
ソーシャルメディアで力をもった個人が戦争における事態を変えていく。著者はそんな変化を当事者取材から描き出した。ただ、ソーシャルメディアの世界ならではの問題もある。同じような考えの仲間とは結びつきやすいが、反対意見の人は排除され、分断を生みやすいからだ。そのリスクは現実の社会にもある。
米ハーバード大のジョセフ・ナイ教授は、二十一世紀の戦争はどの軍隊が勝つかより、どの物語が勝つかが重要だと述べたという。その実現は個人の発信力にかかってくるのだろうか。
David Patrikarakos/ロンドン出身。ジャーナリスト。著名な各誌紙、ニュースサイトに記事を寄稿。2012年の著書『Nuclear Iran』は「ニューヨーク・タイムズ」のエディターズ・チョイスに。
もりけん/東京都生まれ。ジャーナリスト。2012年、『「つなみ」の子どもたち』等で大宅賞受賞。他著に『小倉昌男 祈りと経営』など。