ハリウッド版の主人公は、禎子さんではない
ハリウッド版『千羽鶴』の主人公は禎子さんではなく、コアだ。撮影は今年後半に始まると報じられており、映画の詳細はまだ不明だが、コアの視点で禎子さんや広島が描かれるものと思われる。
コアを演じるエヴァン・レイチェル・ウッドは現在、HBOの人気シリーズ『ウエストワールド』でメイン・キャラクターの一人、ドロレスを演じ、高い評価を得ている女優だ。
『千羽鶴』の監督はイギリス人のリチャード・レイモンド。出演者は現在のところ、イギリス人俳優のジム・スタージェス、日本人女優の寺島しのぶのみが発表されており、禎子役は不明。
「ホワイトウォッシュ」「白人救世主物語」と批判が殺到
ヴァラエティ誌の報道がなされるや、日本の被爆者の物語をアメリカ白人を主人公に描くのは「ホワイトウォッシュ」だとする批判が日系アメリカ人から出た。ホワイトウォッシュとは、本来は人種民族マイノリティの役を白人が演じることだ。今回は禎子さんを白人が演じるわけではないが、主役の座を白人が奪ったという意味合いだ。
さらに本作は「白人救世主」映画にもなり得る。白人救世主映画とは、人種差別や貧困など、何らかの苦境にあえぐマイノリティを白人が救う物語を指し、白人が黒人を救うパターンがよくみられる。『アミスタッド』(1997年)、『グラン・トリノ』(2008年)等が例として挙げられることが多く、最近では『グリーンブック』(2018年)も当てはまる。今回は被爆して原爆症に苦しみ、亡くなってしまう日本人の少女を、白人女性が慈悲の眼差しで見つめるものになるのではないかと思われる。
「ホワイトウォッシュ」と「白人救世主」、どちらもアメリカでは最大人口の白人観衆の心情に訴え、興行収入を上げるための策だ。とはいえ、アメリカも年々マイノリティの人口が増加し、映画の制作側に回るマイノリティも増えている。
ゆえに近年はオール黒人キャストの『ブラックパンサー』、オール・アジア系キャストの『クレイジー・リッチ!』が大ヒットし、ネットフリックスなどのオリジナル・ドラマにもマイノリティが主役の作品が増えている。そうした流れの最中だけに、『千羽鶴』の件は時代に逆行する現象だと言える。
『千羽鶴』が取り上げなかった、被爆者の姿
ハリウッド版『千羽鶴』には別の憂慮もある。劇中での被爆者の描写だ。コアの作品には被爆者の凄惨な描写はない。児童文学であり、かつ禎子さんが白血病を発症した年、つまり原爆投下から10年後の物語であることが理由だ。
イシイの作品には「水ぶくれした死体が、死んだ魚のようにあてどなく川に浮かんでいた」「何百もの死体がグロテスクに積み重なっていた」という描写があるが、遺体や被爆者の写真は掲載されておらず、焼け野原となった広島の風景、原爆ドームなどの写真のみが使われている。
日本人ならおそらく誰もが目にしたことがあるであろう、被爆者の皮膚が焼けただれた、目を覆いたくなる壮絶な写真を、アメリカで見ることはまずない。