台湾の蔡英文総統を10年間にわたって記録してきた専属カメラマンの林育良(リン・ユィリァン、41)氏――。60万枚以上のカットから浮かび上がる、台湾初の女性元首の素顔について、東京で開く初の個展に合わせて来日した林氏に聞いた。
自ら“バえる”構図を作るようなことはしない
「撮影対象としては正直なところ、難しい素材だよね。それだけに、じっくり時間をかけて彼女の内面と向き合う日々にやりがいを感じている」
林育良が蔡英文にレンズを向け始めてからちょうど10年になる。中華民国総統府の「主席撮影官(首席カメラマン)」として蔡英文の日々を追い続ける彼は、「今も彼女は基本的に撮られることが苦手。とにかくシャイで、気を利かせて自ら“バえる”構図を作るようなことはしないし、そもそも自分を良く見せようという欲がカケラもないんだよ」と振り返る。
そんな蔡英文も、子どもと猫と美味しいものを前にしたときだけは、屈託のない笑みを浮かべるという。
キリスト教会や台湾高速鉄道の公式写真家だった林が蔡英文を記録するようになったきっかけは、バラク・オバマ前米大統領の専属カメラマン、ピート・ソウザの作品に感銘を受けたことだった。型にはまらない大統領一家の素顔を浮き彫りにし続けたソウザのように「歴史を創る人物の素顔にカメラで迫りたい」と思うようになった林は当時、最大野党・民主進歩党(民進党)の主席(党首)だった蔡に自らを売り込み、専属カメラマンになった。
「シャッター音すら被写体の癇に障る場合もある」
「毎日のように密着したけれど、蔡英文が私の存在に気を留め、向こうから簡単な言葉を掛けてくれるまで3カ月以上はかかった」
今では蔡が大群衆の中から彼を見つけ出し、手を振って合図するほどの仲だが、それでも常に腐心するのは「讀空氣」、いわゆる場の空気を読むことだという。
「張り詰めた場面では、シャッター音すら被写体の癇に障る場合もある。蔡英文はとても自制的で、感情を露わにすることはない女性。それでも時にはフッと笑顔が消えて、眉間をピクッと動かす瞬間があるんだ。誰もが見過ごす微妙な変化から心を瞬時に読み取り、時にはシャッター回数を最小限に抑えつつ、要求された絵をおさえなければならないんだよ」