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【東京がんストーリー】妻の“がん”を「千載一遇のチャンス」と捉えたライター夫婦

2019/09/10
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妻の抗がん剤治療中、夫が夏ものの洋服を買い揃えた理由

——でもさ、私が抗がん剤でヘロってる時も、着実に夏ものの洋服を買い揃えてたよね。そういうところは変わってないなと思ったよ。

「貧すれば鈍するじゃないけど、嫁が“がん”になってこれまでと同じように働けなくなってるからといって、100円ショップで全部済ませて家計を切り詰めたりするようなのは嫌だったんだよ。だって治療が終わればまた普通に生活できるんだからさ。先を見てたってことにしといてよ」

我が家の冷蔵庫に貼ってあるSuicaのペンギンマグネット。分かりづらいが、ある日突然、夫が修正液とマジックで目の位置を書き換えていた。そのいたずらに気づいた時、「この人と結婚してよかった」となんとなく思った。

「不思議なもんで、どんなに深刻な事態になっても、どっかでくだらないこと考えてるんだよね。“がん”がわかって一人でウォンウォン泣いてた時も、ハッと『もしかして俺いま、痩せてる?』と思って。次の瞬間にはしまい込んでた昔のジーパン引っ張り出して、鏡の前で穿いてた。

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 こういうこと言うと人間のクズみたいに思われるかもしれないけど、意外と人間ってふざけてると思うんだよ。深刻すぎるとおかしくなっちゃうから、どっか逃げ道を作る回路があるんじゃないかな。ちまたにあるがんの闘病記もきれいで真面目にまとまっているものが多いけど、本当はふざけたエピソードだって一杯あったと思うよ」

 

 夫はなにかと激しやすいし、いつも暑がってるし、Tシャツの干し方にもうるさい。

 でもそんなことがどうでもよくなるくらい、私は彼のユーモアに日々、救われている。大病をしてその気持はさらに強くなった。

 私の当面の目標は5年後、2人でこの怒涛の半年間について答え合わせをすることだ。「あの時、いろいろあったね」と、笑いながら振り返ることができますよう。まずはありがとう。