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「主筆室でポックリ死んで、秘書に発見される」 渡邉恒雄が明かした“理想の死に方”

読売新聞主筆・渡邉恒雄『私の大往生』インタビュー

孤独死、ポックリ、七転八倒!? 理想の“死のかたち”を14名に語ってもらった『私の大往生』(文春新書)が発売中。その中から読売新聞主筆・渡邉恒雄さんのインタビューを特別公開。

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渡邉恒雄(読売新聞主筆)わたなべ・つねお 1926年東京都生まれ。東京大学文学部哲学科卒。1950年読売新聞社入社。ワシントン支局長、取締役・論説委員長などを経て、1991年に代表取締役社長・主筆。2016年読売新聞グループ本社代表取締役主筆。

主筆室でポックリ死んでいて、秘書に発見される 

渡邉恒雄さん ©文藝春秋

――93歳(2019年)にして読売新聞グループの代表取締役、そして主筆を務める渡邉恒雄氏。

 政治記者として名を馳せ、巨人軍オーナーとなった1990年代以降は世間でも「ナベツネ」としてその存在を知られ、しばしば「独裁者」と称された。しかし今回(2012年)、自らの「死」を語る表情、口調は、そんなイメージからは程遠い、実に穏やかなものだった。

渡邉 理想の死に方、これは達者でポックリ、意識しないうちに死ぬというのが良いに決まってる。この部屋(主筆室)で死んでいて、秘書が発見する。これなんか、いいんじゃないか。

 だけど現実的には、なかなかそうはいかない。病死だろうね。

 僕が非常に尊敬している、戦後二代前の社長の務台光雄さん。この人の臨終に立ち会ったんだが、病室に駆けつけたのは僕が最初だった。

 その時は既に脳死状態で、心臓だけを機械で動かしている状況だったんです。

 それで3人の遺族が到着して、機械のボタン押したら、スッと心臓が止まった。

 この時、非常に人間の尊厳が冒されてると思ったね。僕は機械的延命っていうのは絶対にお断りだな。

 20年くらい前に、Mさんという有名な医師がいて、この人の母親が死んだ時、僕に手紙をくれた。母親が非常に苦しんでいるのを見かねて、ポララミン(アレルギー薬)を静脈注射したら、苦痛なしに直ちに逝けた、つまり人工的に死に至らしめたと。

 考えようによっちゃ非道徳的なのかも知れないが、苦しみながら延命させるっていうのは善じゃないと思うね。

 だから僕も命を縮めてもいいから、注射を打って苦しまず安らかに、眠るように死なせてもらいたい。