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「過保護ではないか」「子どもの喧嘩ですよ」……いじめ対応の記録が破棄されていた

学校側は「いじめ」を認めず、教育委員会とのやりとりも「なかったこと」に

2019/08/30

genre : ライフ, 教育, 社会

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担任は「いじめじゃなく、喧嘩ですよ」

 都の教育相談に問い合わせると、「区教委に連絡したほうがいい」と言われ、区教委に電話をすると、「校長と話し合ってください」と言われた。夏休みが近づいていた時期だったこともあり、夏休みの行事が終わる8月下旬に校長との面談を設定した。

 面談当日。校長と担任、母親の3人が校長室で話し合うことになった。開口一番、校長が「お子さんが学校に来たくなければ、もう来なくても良いです」と発言した。続いて担任はにこやかに「いじめじゃなく、喧嘩ですよ」と話した。校長も「今の子どもたちは体でぶつかり合うことが少ない。どんどん喧嘩させましょう」と担任を擁護した。そして、子どもの心理やフリースクールに関する書籍を渡された。夏休み明けの保護者会で話題にすることをお願いしたが、拒絶された。

 このため、夏休み明けも、いじめの状況は変わらない。登校しては休みの繰り返し。10月には運動会があったが、その前日も休んだ。学校での様子について報告してくれるよう担任や副校長にお願いをしていたが、校長は、面談後、一切、取り合わない。

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「様子がおかしい」と思い、母親が担任に電話した。「なんとかしてほしい」「相手の親御さんに伝えてください」「学校の中で、子どもたちに話し合いをさせてほしい」などと要望した。結局、担任はすべて拒絶した上で、こう言ってのけた。

「そんなに言うなら、お母さんが言えばいいじゃないですか」

保護者会での発言は途中で止められた

 そのため、母親は自分で、加害児童の家に電話した。加害児童の母親は「何も聞いていない」と言っていた。学校側の「児童間のトラブル」という判断は変わっていないため、担任は「指導はいらない」「子どもたちは成長しているんです」と延々と正当化した。埒が明かないため、Aくんも、「もういいよ。これ以上言っても変わらない」と諦めた。10月下旬、最後の登校になった。学習支援もなかった。

「不登校になる前に、臨時保護者会の開催を要望しましたが、副校長は『母親同士の喧嘩になる。そういうのは外でお茶をしながらすればいい』と拒絶しました。アンケート調査の依頼には『必要ない』と拒みました」

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 12月の保護者会。母親は、そこでも担任に「話題にしてほしい」とお願いしたが、拒絶された。そのため、挙手して自分から話題にした。その結果、道徳の時間を使って話し合うことになったが、担任は経緯を話さなかったため、母親が子どもの気持ちを代弁して話すことになった。しかし、発言は途中で止められた。

 中学に進学しても、いじめ後遺症のためか、休み休みになり、3年生になってからは学校へ行けず、家から出られなくなった。高校は通信制へ進学。4年かけて卒業することになる。

 児童の在学中、母親は、Aくん本人の訴えだけでなく、加害児童のことや実態を繰り返し確認してきた。ただ、学校側にいじめについてのアンケート調査を依頼したが、拒絶された。卒業後、いじめで不登校になったのに、教委からの謝罪もないことから、「いじめがなかったことにされてしまっているのではないか」と思い、あるとき、情報公開請求をした。