強い女を描いた「女性映画」
――今回のチャオという役は、これまでの監督の作品のなかでチャオ・タオさんが演じてきたどの登場人物よりも女性の強さが際立っているように感じました。いわゆる「女性映画」としてつくられたという意識はありますか。
ジャ・ジャンクー 私は男性監督ですが、チャオという一人の女性を描いた「女性映画」と言ってもいいでしょうね。最初は恋人のビンに寄り添って生きていたチャオが、様々な体験を通して強くなり、そこから、彼女のプライドをかけた生き方が見えてくる。一方のビンは、世界がどれほど変わっても、権力やお金を求める昔の価値観を捨てられない。新しい世界にどう向き合うかを通して、二人の間に決定的な違いが生まれてくるわけです。もちろんチャオも古い価値観を持ち続けているけれど、それは愛に忠実に生きるという意味での情と義。社会での競争に興味はないんです。
――必ずしも男性がこういうタイプで、女性はこう、ということではなく、あくまでもビンとチャオという二人の固有の違いということですね。
ジャ・ジャンクー もちろんそうです。中国の男はこうで、女はこうで、と簡単に分けられるものではありませんから。ただ全体的に見てみれば、男性であるビンは権力を手に入れたいとか、競争で勝ちたいといった欲望を持ち続けて失敗する。女性であるチャオはそれとはまったく別のところに価値を見いだしていく。そういう違いを見いだすことは可能かもしれません。
――『帰れない二人』のチャオという役は、衣装や髪型など、『青の稲妻』『長江哀歌』でチャオ・タオさんが演じた役からの連続性が意図的につくられていますね。これまでの自作を振り返るような心境からつくられたのでしょうか。
ジャ・ジャンクー 実は中国でも、「ジャ・ジャンクーは過去の自分の作品にオマージュを捧げたのか」と言われたりしましたが、そういう意味はまったくないんです。私自身は、過去の自分の映画はもう見たくないですから(笑)。過去に撮ってしまった作品を改めて評価したり、もう一度撮るならああするのに、といった気持ちは基本的に持っていません。常に前を向いて、新しいものを撮りたいと思っています。
『帰れない二人』の脚本の初稿を書いているときに強く考えていたのは、現代の中国の裏社会の人々を描くことでした。でも初稿ができあがりそれを読んだとき、ふと、自分は『青の稲妻』、『長江哀歌』での主人公の男女二人のドラマをきちんと描けていなかったな、と気づいたんです。『青の稲妻』でチャオチャオがどんなふうにシャオジイと愛し合い、別れたのか。『長江哀歌』でシェン・ホンとグォ・ビンはなぜ離婚したのか。そうした過去2作で描き切れなかったことを、『帰れない二人』ではラブストーリーとして完結させたかった。2001年『青の稲妻』、2006年『長江哀歌』、2017年『帰れない二人』、この3本を1本の映画と考え、17年間を生きた一人の女性の物語にしようと、このような形にしたわけです。
――前作『山河ノスタルジア』ではオーストラリアでの撮影もされていましたが、今後、中国以外での撮影は考えていらっしゃいますか。本国では政府による検閲の問題にも常に直面していると思いますが。
ジャ・ジャンクー 今のところ、中国以外の国での撮影を予定している作品はありません。検閲の問題については、どう折り合いをつけていくかよりも、自分が映画監督としての意識をきちんと持って撮りたいものを撮り続けていく、その態度を変えないことがもっとも重要だと思っています。
賈 樟柯/1970年生まれ、中国山西省・汾陽出身。初長編映画『一瞬の夢』が98年ベルリン国際映画祭最優秀新人監督賞ほか、プサン国際映画祭、バンクーバー国際映画祭、ナント三大陸映画祭でグランプリを獲得。2006年、『長江哀歌』がヴェネチア国際映画祭金獅子賞(グランプリ)を獲得。
INFORMATION
『帰れない二人』
9月6日(金)より、Bunkamuraル・シネマ、新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー
http://www.bitters.co.jp/kaerenai/