中国山西省の中都市・大同で生きるビンとチャオ。恋人同士の二人は裏社会を生きているが、何よりも情と義を重んじていた。だがそんな二人を一発の銃声が切り裂く――。『四川のうた』(2008年)『罪のてざわり』(2013年)などで知られる中国の名匠ジャ・ジャンクー監督。昨年のカンヌ国際映画祭に正式出品され話題を呼んだ最新作『帰れない二人』は、2001年から2017年までの中国が舞台。デビュー作『一瞬の夢』(1997年)以来、一貫して社会の片隅で生きる人々のドラマを繊細に紡いできた監督が新たに描くのは、歴史の濁流に呑み込まれる男女の濃密な愛憎劇。それは同時に、時代に取り残されたならず者たちの哀愁漂うノワール映画でもある。主演は、公私共に監督のパートナーであるチャオ・タオと、『薄氷の殺人』(2014年、ディアオ・イーナン監督)のリャオ・ファン。

現代中国を生きる裏社会の人々を描きたい

ジャ・ジャンクー監督

――『帰れない二人』は、混雑するバス車内を映した、少し解像度の荒い場面から始まりますね。あの場面で、主人公がバスでスリをする監督のデビュー作『一瞬の夢』のことを思い出しました。

ジャ・ジャンクー たしかに『一瞬の夢』にもバスに乗ったシーンは出てきますが、この冒頭のシーンは、2001年に撮った映像素材を編集して使っています。当時、私は第一世代のミニDVでいろんな素材を撮っていて、その一部をここに使ったのです。『帰れない二人』は2001年から物語が始まりますが、車やバイクや道など、当時と今では風景がまったく違う。なかでも特徴的なのは人間の顔つきです。2001年当時は今よりもみんな貧しく、人々は痩せて黒っぽい印象がありました。現代の撮影で2001年のシーンを表現するのは難しい。そこで私が過去に撮った素材を使えるぞと気づいたんです。過去の映像には、当時の質感や歴史的感覚がはっきりと残されていましたから。ただし解像度などは良くないものが多いので、全体のトーンを統一させるため、計5種類の機材(カメラ)を使って『帰れない二人』を撮影しました。

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©2018 Xstream Pictures (Beijing) - MK Productions - ARTE France All rights reserved

 私は、現代の中国で生きる裏社会の人々をめぐる映画をつくりたかった。中国では、1949年に共産党による新中国が成立し、古い社会は完全に消滅しました。でも文化大革命が終わると失業した若者たちが街に溢れだし、新たな愚連隊を形成した。こうした伝統からは切り離された、新世代の裏社会の住人たちを描きたいと思いました。彼らもまた社会の底辺を生きる人々の一部ですから。

 彼らには、日本のヤクザや香港マフィアの世界とは違って神秘的なイメージなどはありません。特殊な世界ではありますが、社会を構成する普通の人々として存在しています。だからこそ、映画の冒頭で、街の人々を写した本物の素材を使うことが必要だったのです。

――とはいえ、ビンとチャオたちの様子は、どこかジョン・ウーなど香港製マフィア映画のような印象も受けました。

ジャ・ジャンクー 彼ら自身は、自分たちが裏社会に生きているとも自覚していない。伝統は完全に途切れてしまい、それがどういう社会であるかを知らないのです。そこで彼らは香港ノワールの作品などを見て、なるほど裏社会の人たちはこういう喋り方をするのか、こういう服を着るのか、と学習していった。香港映画で勉強をしながら、新しい裏社会の雰囲気をつくっていったわけです。

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――監督が香港映画のイメージをもとにしたのではなく、彼ら自身が実際に映画の影響を受けていたということですか。

ジャ・ジャンクー そういうことです。当時はビデオシアターが流行っていたので、彼らはそこで様々な映画を見て勉強していったようです。