“距離感の喪失”で生まれた「クソリプ」という地獄
速水 スポーツはまだはっきりと客と選手は別だからいいんだよ。それ以外の、主体と客との距離の近さの問題はもうちょっと考えないといけない。例えば、オンラインサロン。
おぐら NewsPicksのPR動画を見ていたら、教師と生徒という関係性では距離が遠すぎるからよくない、オンラインサロンのような距離の近さがいいんだって言ってました。
速水 まさにそのNewsPicks の討論番組で、キングコングの西野亮廣とかオリエンタルラジオの中田敦彦と共演したんだけど、一人だけ超絶アウェーだった。議論自体はとてもおもしろかったんだけど、サロン肯定派はみんな、これからの創作は共同作業になるって確信している。作り手と受け手の垣根が低くなっていて、サロンのメンバーはすでにクリエイターなんだって。
おぐら メンバーはお金を払って参加してるんですけどね。そういえば去年、雑誌「マーマーマガジン」が、編集長の服部みれいのアシスタントを募集したときに「お金を払ってでもマーマーマガジン編集部で働きたい」「お金を払って働いていただく」という募集要項を出して炎上してました。
「お金を払って働いていただく」衝撃の求人に騒然となるTL――togetter
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速水 だから、熱狂的なファンがいてこそのやり方なんだよ。ファンも作り手だっていう考えもわかるけど、一方ではそういったファンの望むことに応え続けなくてはいけない地獄もあるよなって。
おぐら あと、いわゆるクソリプもファンの歪んだ応援の一形態ですよね。
速水 応援される人たちって、同時にすごいクソリプも受ける。ちなみに、水泳の金メダリストの岩崎恭子が最近インタビューで答えていたんだけど、14歳で金メダルを獲って「今まで生きてきた中で一番幸せ」って発言したら、山ほど「たかだか14歳で」的な批判が来たんだって。
おぐら 岩崎恭子の金メダルは1992年のバルセロナオリンピックなので、SNSではなく、手紙が届いたってことですか?
速水 そう。ネット以前からクソリプの嵐ってあったんだよね。今はそれがネットになっただけ。
おぐら クソリプへの対応も求められるし、ファンへの神対応まで求められている。
アイドルから政治まで……「高度神対応社会」のいま
速水 このファンとアイドルの関係性、神対応問題は、ポピュリズムの話にも見えてくる。例えば都知事になったばかりの頃に小池百合子が「築地市場の豊洲移転ストップ」って言って出てきたときは、喝采を受けたんだよね。いま考えるとやぶ蛇だったわけだけど。
おぐら 当時は「神対応」だったと。その後、泥沼の展開になったせいで小池百合子の対応の悪さに焦点が当たるようになりましたけど。
速水 このときは、豊洲の地下水の基準値を巡って、不安をあおるマスコミの報道がひどかった。メディアを挙げて意見を真っ向から分裂させたでしょ。本来そこまでの規模の話ではまったくなかったのに。同じことが、新国立競技場の建設問題でもあった。
おぐら 新国立競技場にはエアコンがないということで、夏の間どうするんだって話題になってましたね。
速水 国際コンペやって選んだのは、ザハ・ハディドのデザイン案だったのに、その予算が高いとか、地域の景観にそぐわないからといって大騒ぎした。それを安倍総理が出てきて「白紙撤回」(2015年7月)とばっさりやった。
おぐら あのときも「神対応」って感じのムードでしたよ。
速水 実際にエアコンを付けるかどうかくらいは冷静に議論しておくべきだった。結局、予算はふくれあがったわけで、言うほど安くはなってないし。
おぐら アイドルや芸能の世界で広まった「神対応」要求が、いまや政治をはじめ、あらゆるところで求められるようになったんでしょうね。
速水 なるほど。それで、高度神対応社会が生まれて、いろいろ蝕まれるようになったと。
おぐら その場では「神対応だ!」って盛り上がったとしても、あとは減点方式にしかならないので、その後が厳しくはなります。
速水 パフォーマティブな言動に踊らされて、のちに発生するコストは誰が払うの? っていうことが繰り返される。じゃあ、世の中、塩対応くらいの対応力でちょうどいいってこと?
おぐら 何事もすぐにエスカレートするのは世の常なので、ちょうどいい中間がいいとは思いますけど。
速水 ちょうどいいくらいを見出すのが大事。つまり、ガラケー時代に戻れと。
おぐら いや、もうどんなにスマホ依存だと言われようが、ガラケーには戻れません。
速水 だよね。スマホの利便性は神だから。
写真=山元茂樹/文藝春秋