週末古本屋で娘の絵本を漁っていたらヘンリー・ミラーの『不眠症 あるいは飛び跳ねる悪魔』が目に入り、タイトルに惹かれて買った。これは70代男性(当時のヘンリー・ミラー)が恋愛に狂い、その気持ちを夜中にネチネチネチネチ水彩と文字で綴ったもの。

©犬山紙子

 ヘンリー・ミラーの本を読むのは初めて。それでも読みたくなったのは「わかる。恋愛で狂っている時って深夜にこっぱずかしい日記や絵を書いてしまう、それを堂々と出版してくれるなんて……読んだらあの頃の自分が成仏する?」と思ったから。さらには水彩画が水彩なのに非常にねちっこくて、その粘度に心をくっつけられてしまったのもある。「目の死んだピエロがペニスをいじっている」「とにかく女の裸・裸・裸」に始まり、ローマ字で女の裸の周りに「WATAKUSHI NOKOIBITO」と書かれ、更には「AKAGAI」「HAMAGURI」など貝の名前が書いてある。そして極め付けにラヴィアンローズの文字の上に「MITOKORO-ZEME」とあること。三所攻めはこの場合相撲の技名ではなく性技のほうと思うのですが、それを「バラ色の人生」と彼が書くと説得力を感じてしまう(ローマ字が出てくるのは彼が日本語を習っていたのと、恋した相手がホキ徳田さんだから)。

 文章の粘度も凄い。彼女の瞳の奥底の悲しみのようなものに想いを馳せ、それは何なのか一方通行な考察が始まったり、「いったいどんな材料であの女はでき上がっているのだろうか」と不可解さに陶酔したり。

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 毎度毎度恋愛に振り回される自分を嘆き、「魂は、人の世の経験からなにかを学ぶようなものではない」と少し言い訳のように感じる考察もある。最終的には「つぎつぎと生れてくるただの人間は、愛の意味を見付けなくてはならない。(略)愛を信じ、愛することを実行できたとしたら、なんと素晴しいことだろう」と導き出す。

 途中、彼女が自分を放っておいて麻雀をすることに嫉妬し激しい言葉で麻雀をこき下ろしていたり、絶望してゴリラとなってドラミングしだすのも最高。

 自分に愛を向けてくれない(ように感じる)推しを前にすると、滑稽になり絵を描いたり文章を書いてしまう。黒歴史のように感じてしまうけど、理性の蓋がガバガバに開くことも、自分の生の部分が出てくることも中々ない。黒歴史の中からしか聞けない自分の声もあるんだろう。そしてその中でもこんなに生々しく美しいものには滅多に出会えない。私もあの頃のヤバいノート捨てなきゃよかったななんてちょっと思ってしまった。